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【オサムとアトムと】手塚復活!ブラックジャックと写楽はアンチアトム!?
以前、「アトムの最後」について書かせて頂きました。「これが『鉄腕アトム』なのか?」という程、悲惨な作品です。
しかし、「アトムの最後」の5年後に「鉄腕アトム」は見事に復活します。そしてそれは手塚治虫先生自身の復活劇でもありました。
順を追って見てみましょう。
火の鳥復活編
1970年、手塚先生は「火の鳥復活編」を描きますが、この頃は非常に苦しい状況でした。漫画界は劇画が席巻し、手塚先生は古いタイプの漫画家という評価を受けていました。
例えば、67年から「週刊少年サンデー」に「どろろ」を開始しましたが、暗く陰惨な内容が読者に受け入れられずに、中途半端な形で終了しました。
手塚先生は「少年誌」を自分の主戦場と考えていました。そして読者の評価を非常に気にしていました。子供達から評価されない、手塚先生にとってこれほど辛い事はありません。
「アトムの最後」は、1970年7月号の「別冊少年マガジン」に掲載されました。そして同じ年、「COM」の10月号から「火の鳥復活編」の連載が始まります。ほとんど連続しています。
「火の鳥復活編」では、人間の主人公が少女型ロボットに恋をします。人間がロボットに恋をする。何とも奇妙な話ですが、思い出されるのが「アトムの最後」です。あの作品は、人間の青年とロボットの少女の悲恋物語でした。
その「アトムの最後」を描いた3ヶ月後に描いたのが「火の鳥復活編」なのです。手塚先生がこのつながりを意識していなかったとは思えませんね。
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「アトムの最後」に対する読者の評判は厳しいものだったに違いありません。手塚先生自身が「いつ読み返しても、陰惨で、いやーな気分がします。」と言う位ですから。
そこで手塚先生は、続けて描いた「火の鳥復活編」で、人間とロボットの恋愛物へと大きく路線変更したのではないでしょうか。
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一つ注目したい点があります。 「火の鳥 復活編」の前に「火の鳥 未来編」が描かれました。
火の鳥のシリーズは独特な描かれ方をしていて、時系列順には執筆されず、過去・未来・過去・未来と交互に描かれています。
時系列的には、「復活編」は「未来編」より前の出来事です。
しかし、描かれたのは「未来編」が3年早い1967年です。
ここで問題となるのは、「未来編」と「復活編」の間の矛盾です。
「復活編」の3030年の時点で、ロボットのロビタは「ワタシハ イママデ感情トカ愛情トカヲ カンジタコトハナナカッタ」「タシカニ ワタシノ心ノドコカニ人間ダトイウ意識ガウマレタノデス」と言っています。ロビタの中で「自分は人間だ」という意識が芽生えたのです。
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しかし、374年後の3404年の「未来編」に登場するロボットのロビタは「ワタシハ 人間ノ愛トカ感情ハモチアワセテイマセンガ」と言っています。
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繰り返しになりますが、「未来編」と「復活編」は描かれた順番と内容の時系列が逆になっています。
「復活編」のロビタは、レオナの脳髄から全部の記憶を抜き出して電子頭脳に写し取り、ロボットのチヒロに移して誕生したロボットです。
手塚先生は、「未来編」を描いた時点では、人間とロボットを一体化させてロビタを誕生させるという構想を持っていなかったのでしょう。
しかし、「復活編」で人間とロボットの恋愛物語を描くことになって、人間とロボットが一体化したロボット・ロビタが登場することになったのです。
「未来編」の後に、思わず陰惨な「アトムの最後」を描いてしまったので、急遽路線変更する必要が出来てしまい、「未来編」と「復活編」のロビタの間に矛盾が出てきているわけです。
しかし、「レオナとチヒロによるロビタの誕生」という設定が、「復活編」を類まれな傑作としているのは間違いありません。皮肉なことですが。大いに喜ぶべきことだと思います。
分量の都合上割愛させて頂きますが、ロビタのエピソードは抜群に素晴らしいです。
火の鳥復活編と鉄腕アトム
さて、「火の鳥復活編」は、最初と最後が「鉄腕アトム」と重なっています。
オープニングはこうです。
「2482年のある日 ひとりの少年がエア・カーから墜落死した ふつうならごくありふれた事故死として人の噂にものぼらず消え去る事件なのだろうが これはそれだけでは終わらなかったーいや物語はここから始まるのである」
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少年が自動車事故で死んで物語がはじまる。鉄腕アトムと同様です。
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一方、物語のラストはどうでしょうか。
「復活編」は、ロビタがお茶の水博士の子孫である猿田博士に助け出される所で終わります。鉄腕アトムのアトムがお茶の水博士に助け出されたのとシンクロしていますね。
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手塚先生は、火の鳥にアトムを登場させる構想を持っていたそうですが、実現はしませんでした。
しかし「アトムの最後」の3ヶ月後に描かれた「火の鳥復活編」には、アトムの影を見ることができるように思えます。
もっと言えば、ロビタはとてもアトム的な存在だと思います。
先述したようにレオナは天馬飛雄少年のように自動車事故で死亡します。
またチヒロの二つの触角は、アトムの角に。黒のミニスカートは黒のパンツ(ウラン談)に対応しています。
初期の設定では、アトムは「アトム1234号」でした。一方チヒロの正式名称は、「チヒロ61298号」です。
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このアトムの影を背負ったレオナとチヒロが一つになって、ロビタが誕生したのではないでしょうか。
「火の鳥復活編」は「アトムの最後」のやり直しのように思えます。
ブラックジャック・三つ目がとおる
さて、1973年に「ブラックジャック」の連載が開始されますが、この頃の手塚先生は、更に厳しい状況にいました。
少年漫画誌でヒット作が出ず、性教育をテーマにした「やけっぱちのマリア」は糾弾された上、虫プロ商事と虫プロダクションが倒産してしまいます。
「ブラックジャック」はそのような中で「少年チャンピオン」で連載が開始されました。編集長の壁村氏が、担当編集者の岡本氏に「手塚先生の死に水をとろうか」と声をかけたそうです。それ位、手塚先生は崖っぷちにいたわけです。
この「ブラックジャック」には、「アトムの刻印」が押されています。
・アトムは、自動車事故で死んだ「天馬飛雄」少年の身代わりに造られたロボットですが、ブラックジャックの本名は「間黒男」で、事故で死にかけたところを大手術で救われました。
・アトムは、「天馬博士」に捨てられて、お茶の水博士に救い出されましたが、ブラックジャックを手術で救ったのは、お茶の水博士・猿田博士にそっくりな「本間医師」です。
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・アトムが「天馬博士」に捨てられたのと同様に、ブラックジャックも父親に捨てられています。
・アトムは、連載第一話で「アトムのからだは、つぎあわせだーい」とからかわれますが、ブラックジャックの体も手術の跡でつぎはぎがあります。子どもたちにその事をからかわれるシーンもあります。
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「三つ目がとおる」の写楽の場合は、姿形そのものにアトムの刻印が捺されています。「アトムの角をとって口をとがらせたら、写楽くんになる」と、手塚治虫研究の第一人者の竹内オサム氏が指摘しています。
また写楽には育ての親がいますが、実の親は失っています。(三つ目族の最後の生き残りのようです)
アンチアトム
一方、ブラックジャックと写楽に共通している「アンチアトム」ともいえる点があります。それは「悪」です。
ブラックジャックは、無免許で法外な治療費を要求するもぐりの医師です。
写楽は、額の絆創膏を貼っていたら幼稚園児並みの劣等生。はがしたら人類の滅亡を企てる悪のプリンスとなります。
手塚先生には「ヒューマニズム」に対する拒否感と、「悪」への拘りがあったようです。
よく昔の人が”手塚ヒューマニズム”って言ってるのはね、ほ~んとにもう、耳をふさぎたいんですよね。(中略)ヒューマニズムっていうのは砂糖なんですよ。(中略)オブラートなんです。その中にある僕の本音を、もっと読んでほしいわけ。(中略)だから僕としては、本当にもう、もっと自分から曝け出してね、ドロドロしたもんを描きたいんだけど、それができないところがやっぱり商売人って言うか。ダメなんだねえ。
「実は僕自身・・・すごいアナーキズムみたいなものを持っているんだなって気がする。と言うのは、戦争を経験したでしょう?投げやりっていうか、もうどうでもいいわっていうようなね(中略)まぁ、人間なんかクソくらえっていう気が、ときどき起こるわけ。」
アトムについては次のように語っています。
アトムのようにモラルに塗り固められた善人にものすごく反発するんです。反発って言うか、異質なものを感じて、避けたくなる感じがしますね。
ブラックジャックと写楽については、次のように語っています。
ブラックジャックもね、初めの2回か3回はもっと悪のつもりだったんです。あれからどんどんワルにしてね。もう本当にピカレスクものにしようと思ったのよ。
ところが読者は、ブラックジャックを「正義の味方」と評価しました。それで路線修正されたようです。
写楽の場合も同様です。
まんがの主人公なんてのは作家を離れてどんどんかわっちゃうのね。特にその作品がうけた場合ね。三つ目がそうですよ。あれも初めはね、うんとイヤラシイ謎の人物のつもりだったんですけど、それがだんだんかわいらしくなってしまって、最後にははっきりと二重人格化しちゃってね。
ブラックジャックにしても写楽にしても、最初はもっと徹底的な「悪」のキャラクターとして考えられていたわけです。
手塚先生の思惑通りにはいきませんでしたが、二人とも本来「アンチアトム」と言える存在です。
手塚先生は、「バンパイヤ」「どろろ」等で「悪」を描くことに挑戦しましが、不本意な結果になりました。
「ブラックジャック」「三つ目がとおる」では、アトムのような正義の味方とはまるで違うキャラクターを主人公にしながらも、読者の評判も頗る良かったわけですから、手塚先生の「悪」を描きたいという思いと、読者からの評価が「程よく」一致した理想的な作品なのだと思います
アトム復活
何よりも二作品とも大成功して、手塚人気が復活しました。
その結果、1975年から76年にかけて朝日ソノラマから「鉄腕アトム」単行本全集が刊行されることになりました。
「ブラックジャック」「三つ目がとおる」連載以前は「古いタイプの漫画家」とされて敬遠されていましたが、評価が完全に変わったのです。
アトムの単行本は20種類以上出版されていますが、この朝日ソノラマ版が「決定版」とされています。
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番外編も含めて初めて全エピソードが収録されました。
「アトム誕生」という描きおろしに加え、各エピソードの冒頭に解説マンガが掲載され、各巻の表紙カバーも全て描きおろしでした。
手塚先生の力の入れようが伝わってきます。
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描き下ろしの「アトム誕生」を見ると、手塚先生自身が「鉄腕アトム」の復活を、「ブラックジャック」「三つ目がとおる」と意識的に関連付けているのが分かります。(描きおろし「アトム誕生は」、「ブラックジャック」「三つ目がとおる」の後で描かれました。)
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「鉄腕アトム」「火の鳥」「ブラックジャック」「三つ目がとおる」どれも手塚先生の代表作ですが、互いに影響し合って類まれな傑作群となっているのだと思います。