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☆32 半月国師の過去1(生い立ち)

 半月国師の過去については、都合四人の人物が語っている。半月国で最後の将軍となった刻磨、「将軍塚」の校尉「花(ホワ)将軍」こと謝憐、半月国師或いは半月妖道と呼ばれた半月(バンユエ)自身、そして自分の分身体として阿昭という存在を作った裴宿(ペイシュウ)だ。
 ここではそれらの話を時系列に沿って並べ直し、書き出してみることにする。

 まずは刻磨の語る半月国師の生い立ちから。要点をまとめると、
(1)母親は半月国の生まれだが、父親は永安国の生まれだった。
(2)父親は辺境の暮らしに耐えられず、妻と娘を残し国に戻った。
(3)母親はそのことで心を病み、やがて死んでしまった。
(4)一人残された娘は、生まれつきひ弱だったせいで周りから虐げられ、変わり者になっていった。
(5)ある時国境で暴動が起き、大勢が死に、その娘も行方しれずとなった。
(6)だが娘は戻ってきた、永安国の妖術を身につけて。そして宮殿に仕えることとなった。

 日本語版原作小説(以下、原作と略す)を見ると、(3)(4)辺りの半月は六、七歳、(5)辺りの半月は十何歳、となっている。
 半月が子供の頃に暮らしていた国境の町には、半月人と永安人の両方がいた様子が見て取れる。両国の仲は非常に悪かったが、民間レベルでは細々ながら貿易なども行われていたのかもしれない、そしてその町が民間貿易の仲介地点となっていたのではないか、と私は推測している。
 もしかすると、謝憐、三郎、南風、扶搖の四人が砂漠で休憩をとった、あの朽ちた建物、あの辺りがその町のあった場所なのではないか、とも。

 幼い子供が一人で生きていくのは難しい。敵国同士の血を半分ずつ受け継いだ半月は孤独だったはずだ。日々食うや食わずでは、充分な成長を遂げることも出来なかっただろう。原作には「半月人は皆背が高くて体が大きく、男女ともに強健で活発な様子が美しいと考えられていた」とある。脆弱で小柄な半月は、半月人の子供たちからすると、目障りで鬱陶しい存在だったと思われる。

 虐められていた時の半月を見ると、抵抗する様子がないどころか、既に何も感じられなくなっていたようだ。心の一部を病んでおり、食べられる物を求めて呆然と彷徨うばかりの生活だったのだろう。
 そんな時に出会ったのが、永安軍の校尉だった謝憐とまだ子供だった裴宿である。

 裴宿は、長じて永安軍に入ってからも「罪人の子」と言われ、どれだけ功績を積んでもわずかな職責さえ与えられることが叶わなかった。そのことから考えて、幼い頃から半月と同じように虐めの対象となっていたと思われる。(半月とは違い、彼は己の力でそれを跳ね除けようとしていたのだろうが。)
 似たような境遇が、裴宿と半月を引きつけたのだろう。

 謝憐がこの地に来た理由を、彼はこう語っている。
「二百年前、私は身を隠す必要があって、羅盤を頼りに南下した。ところが羅盤が壊れていて、いつの間にか砂漠に来ていた」
 この「身を隠す必要」となった原因は、アニメ二期で描かれる「鎏金宴(りゅうきんえん)大虐殺事件」のことだ。この事件の犯人とされた「芳心(ほうしん)国師」の正体とその結末を考えれば、謝憐がその地に留まることが出来ず、姿を隠すしかなかったことが理解出来るだろう。
 永安国から離れ、どこか南方の別の国に行ってのんびりしようと考えていたのだろうが(原作では「ガラクタ集めの新天地を切り開くつもりだった」となっている)、知らず西へと進んでしまい、永安国と半月国の境界にあって紛争の絶えない町へ来てしまったのだ。相変わらず不運な謝憐である。

 着いて早々軍に入れられてしまったのは、体格を見込まれたか、絡んでくる者を容易く追い払う姿でも目撃されたのか。いずれにせよ、治安が悪く、隣国との間で小競り合いが頻繁に起きている辺境の町で、兵士の数が常に足りないだろうことは想像に難くない。
 兵となった謝憐は、盗賊退治の功績を幾つも上げ校尉に昇進。その人道的な振る舞いから人々に親しまれ「花将軍」と呼ばれたのは、「将軍塚」に書かれていた。当時「花謝(ホワシエ)」と名乗っていたことについて、謝憐は「適当につけた名前だ」と言っているが、これは彼の別名「花冠武神」から来ているらしい。
 名前を聞いた三郎の微笑む姿が興味深い。

 国境の町には孤児も多く、原作には「(謝憐は)暇があれば彼らと少し遊んだりして」いたとある。ある日、謝憐が食事を作っていると(作った物については後日、事が終わって菩薺観に戻ってからのシーンで書く)、半月がやって来て地面に落ちたそれを食べ始め、吐きながらも尚食べようとするので、謝憐は仕方なく持っていた煎餅のような物を渡す。
 原作によれば、これは「乾飯(かれいい)」という長持ちする食糧らしい。日本で言う「干し飯(ほしいい)」と同じ物だと思われる。干し飯は水に浸して戻してから食べる物だが、この時の半月はそのまま貪るように食べており、空腹が限界に達していたのだろう。
 その後、彼女は謝憐の後を着いて回るようになり、言葉数も少ないことから唯一の友達だった永安国の少年(裴宿)と共に、歌や武術を教えて打ち解けていった、と。少年のタンバリンらしい楽器のリズムに合わせて、踊る半月が愛らしい。
 しかし程無くして、(5)に書いた事件が起こる。

 長くなった。以降は次記事に送ろう。騒動の中で「死んでしまった」花将軍、そして謝憐がいなくなった後の半月と裴宿の姿を書く。

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