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☆34 半月国師の過去3(半月国の滅亡)

 半月が半月国に戻ると、蠍尾蛇を操る能力を見た人々は、一方でその妖力に驚嘆し、一方で恐れ慄いた。この時、半月国王は前者の方だったのだろう、この類稀なる能力を国の力として是非生かしたいと考えたか、宮殿に仕えさせたのだから。しかしこれに反対する者たちは、彼女の出自を持ち出して、不吉な妖術使いは殺すよう王に進言する。
 困った王は刻磨に助言を求め、不憫に思った刻磨は自らの配下とした。
 刻磨は半月の生い立ちを知っていた。そして彼は自分も子供の頃体が弱く他者に虐げられていたことから、その身の上に同情した。相変わらず華奢な彼女は、刻磨が石臼で体を鍛えたように、その身を守るため、そして誰にも文句を言わせないために、法術を身につけたに違いないと思ったのだろう。

 その日。刻磨は配下と共に盗賊の拠点を襲撃した。この戦闘には勝利したが、その時砂嵐がやってきて、拠点は崩れ落ちてしまう。刻磨は兵を引き連れてこれを脱出したが、半月を含む一部の兵が取り残され、砂に埋もれてしまった。
 絶望的と見た刻磨は砂嵐が収まった後、拠点のあった場所まで戻り、死んだ仲間を連れて帰るつもりだった。だがそこで見たものは、新たに出現した地下洞窟。その入り口には両手を血まみれにした少女。そして洞窟の中には仲間の姿が。
 半月が一人で大きな洞窟を掘り、埋もれた兵士たちを生死を問わずそこへ連れて行ったのだ。しかも、素手だけで。
 この一件で刻磨は半月を信頼し、その強力な後ろ盾となって彼女を国師の地位にまで押し上げた。

 この時半月は何を考えていたのだろう。
 彼女は裴宿の部下として半月国に潜り込み、得られた情報を裴宿に伝えていたはずだ。裴宿が半月国との戦闘で何度も勝利を収めていたのも、彼女の協力あってのことだったと思う。
 だが、盗賊の拠点で彼女がとった行動は、これとは真逆の行動だ。裴宿を思うなら、花将軍を亡きものにした半月人を許せないと思うなら、放っておけばいい。自分一人が助かるので精一杯だったと刻磨たちの前に現れても、誰も不審に思わなかっただろう。

 だが彼女はそうしなかった。それどころか、自分の手が血まみれになるのも厭わずに、洞窟を掘り、兵士を助けた。
 どうしてそうしたのか。それは彼女がそうしたかったから。そうしなければいけないと思ったからだ。
「自分の正しいと思うことをやりなさい。誰にも止めることはできない」
 菩薺観へ戻った後、半月は以前、花将軍にそう言われたと言っている。その言葉が支えになって、彼女はあの困難な仕事をやり抜いたのだろう。
 いつの間にか半月にとって、刻磨やその兵士たちは仲間と呼べる存在になっていた。仲間を助けるのに、躊躇いは要らない。一心不乱に彼女はやり続けた。自分の出来る精一杯を仲間たちに捧げた。きっとそれだけだ。恩を返すとか、義理を果たすとか、ましてそのことで何かを得ようなどとは考えなかった。
 したいからした、しなければならないと思ったからした、きっとそういうことだったのだろう、と私は思う。

 国師にまで登り詰めた半月は、しかし刻磨と裴宿の間で板挟みになっていた。どちらも大事。どちらも失いたくない。戦いの中で、そう思う日が続いていたことだろう。
 そして、刻磨と裴宿はどちらも焦っていた。刻磨は戦況が次第に悪化していることに。裴宿はいくら武功をあげても昇進の道が都度閉ざされてしまうことに。
 とうとう刻磨は爆弾を持ち出して、もし城が陥落すれば永安国に潜入し、己を爆破し周囲を巻き添えにして、相手に打撃を与えると言い出す。
 一方の裴宿は、彼の功績を妬んだ上官に、陥落作戦が失敗すれば責任をとってもらうと告げられ、そればかりか兵の数を二千にまで減らされてしまう。追い詰められた裴宿は、半月に城門を開けるよう指示を出す。

 この時の半月は、頭が割れ胸が裂けるほど悩んだだろう。
 城門を開けなければ、半月人は永安国を道連れにする。罪も無い多くの人が巻き添えになって死んでしまう。
 だが城門を開ければ、半月人は皆殺しだ。既に刻磨が爆薬を持ち出し、兵士がそれを体に括り付けていることを裴宿に話してしまった。だから彼は一人も見逃すことはできない。永安人に犠牲を出さないために、全てを殺して城外へは誰一人行かせないようにするしかない。

 最終的に彼女は城門を開ける。裴宿を選んだ? それは違う。彼女は城門を開けると同時に、罪人坑に兵を閉じ込めるという決断をしたからだ。裴宿に半月人を全て殺させないために。半月兵が永安国に潜入して、無辜の民を道連れにすることのないように。

 半月にはそれしか出来なかった。「万人を救いたい」と花将軍が言ったように、彼女もどちらも救いたかったけれど、彼女の出来ることはほとんど残されていなかった。
 城門を開けたことで、また罪人坑に兵を閉じ込めたことで、半月は半月兵の深い恨みをかった。彼女はこれを己への罰と受け止めたのだろう。捕らえられ、殺され、罪人坑の上へ吊るされた。だが凶の鬼となった彼女はまた生き返った。残る兵士を少しずつ罪人坑へ落としながら、また捕らえられては殺され、また吊るされては生き返り…二百年、彼女はただそれを繰り返してきた。
 おそらく、せめて裴宿だけは幸せに、と思いながら。

 だが、裴宿もそんな彼女に見て見ぬふりをすることは出来なかった。おそらく彼は全ての事が終わったら、半月を迎えに行き、永安国に戻って彼女と安らかな日々を過ごしたいと思っていたのではないだろうか。
 なのに半月が殺され吊るされるところを見てしまい、こんなはずではなかったと深い後悔の念に苛まれたことだろう。その後、彼女が半月国で受けている仕打ちを聞き、何もしないままではいられなくなったのだと思う。

 一体、誰が、何を、どうすれば良かったのか。それは誰にも分からないし、また他人が口を挟むべきものでもない。誰もがその時己の考えで一番良いと思う選択をしたし、また誰もが他者から見れば愚かな選択をしたということになるのかも知れない。
 ただ謝憐が半月関へ来たことで、全てが本当の終わりを迎えることになった。
 まだわだかまりは残っているようだが、半月が二百年の苦痛から解放されたことだけは素直に喜びたい。

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