下宿先の大家さん
noteのおすすめのページを見ていたら、項目に「修験道」が出てきて、いやいや流石にそれはー、ってなった。仏教のことだとか道教のことだとか書いてるけれども、そこまでは手を伸ばしていない。
……いないのだが、まんざら無関係とも言えなかったりする。
というのは京都で大学生だった頃、お世話になった下宿先の大家さんのご主人が、実は山伏だったのだ。
生業とするところはご当人曰く「ペンキ屋」だそうだが、要は塗装業で、その方が仕上げたという下宿先の建物の壁には、樹木の絵が描かれていた。んー、芸術的な絵ではなかったなあ。ただ木が描いてあるだけという感じ。でもご主人は自慢げだったよ。
鉄骨組みの三階建ての建物で、一階はガレージと仕事道具などが置かれた物置。二階が大家さん一家の居住区。三階に私ら学生が住んでいて、五室あった。
で、時々大家さんは山伏仲間と修行したり、祭礼に参加していたらしく、何度かそういう装束を纏っているのは見た。宗教は個人の自由だし、山伏だからと言って普段はどうということもなかったのだが、問題は日曜日。
学生だから、日曜の朝はゆっくり寝ていたいものでしょ?
ところが、決まってその日の朝七時頃になると、二階の窓から外に向かって法螺貝を吹くのだ。ぶぉぉぉぉーっ、と結構な音量で。ぷおーっ、ぷおーっとやられては、寝てなんかいられない。
住宅街だったので、近所の方々もちょっと迷惑していたんじゃないかと思うのだが、苦情を言ってくるような人はいなかったなあ。
何故なのかはわからないがともかく、「山伏は、日曜の朝七時に法螺貝を吹く」ものらしい。全国の山伏が吹いているかどうかは知らないが。
年に何度か修行で山に籠るとか、滝に打たれるなどのために、大家さんは数日留守にすることがあった。
山伏も大変なんだなあと思っていたのだが、ある時また「滝行」をするというので話を聞いていたら、その場所が何と「音羽の滝」だと言う。
あのー、もしもし? 「音羽の滝」って清水寺にあるアレですよね? その水を飲むと願い事が叶えられるとか言う。三本あって、ちょろちょろって流れてる……。それに今は冬というわけでもないし、むしろ気持ち良いくらいなのでは?
タイトル画像のようなものを想像していたのに。大家山伏の修行は、軟弱だった。
卒業間近になった頃だったと思う。今までそんな話が出たことはなかったのに、「護摩行をするので、願い事を書いて持ってくるように」と下宿生は皆一本ずつ護摩木を渡された。
一応言っておくけれども、うちの大学は浄土真宗系の女子大で、私の実家も系列の寺なのだ。浄土真宗というのは神仏に願い事をすることを極端に嫌う宗派で、お参りも唯々感謝を捧げるというようなところがある。私は少し渋ったが、まあ好意で言ってくれていることだろうし、それを無碍にするのも悪いからと思い、一応「家内安全」とか書いて渡すことにした。
で、それを持って大家さんのところに行ったら、こう言われた。
「一本五十円です」
金取るんかーいっ。押し売りだった。
まあ、今で考えれば五十円は安いけど、当時はインスタントの袋麺が一袋三十円くらいだったように思うので、学生には辛いとまではいかないけれど、ちょっと惜しい金額だった。
とまあ、山伏にはちょっとがっかりした思い出があるのだ。否、全国の修験者様方は厳しい修行に励んでおられるのだと思う。TVとかでも、何度もそういう場面を観たことがあるし。
でも、私の中の山伏はあの「大家山伏」なのだ。「本物」を見たのがその時だけなので、それは仕方ないと思う。