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☆33 半月国師の過去2(裴宿と半月)

 前項の「(5)ある時国境で暴動が起き、大勢が死に、その娘も行方しれずとなった。」という部分から話を再開する。

 この事件は、「将軍塚」で書かれた将軍が亡くなった件りのことだ。その中では「解けた靴紐を踏んで、云々」と書かれていたが、実際には騒動に巻き込まれた半月を謝憐が助けに入り、そのまま抜け出せなくなったものらしい。
 とはいえ、当人にその辺りの記憶は無く、気がつくと永安国に戻っていて、そのまま半月とは会えずじまいになった、と。

 謝憐がいつの間にか永安国に戻っていたのは、何らかの理由で倒れたところを踏みつけられ、そのまま気絶してしまい、死んだと思われて(死体として)永安国まで運ばれた、というところが妥当だろう。
 日本語版原作小説では、揉め出した者たちを止めようとした謝憐が、何故か双方から斬りつけられ、一方的にやられるばかりでは持たないと思った彼が死んだふりをしていたら、踏みまくられて気絶してしまい、死んだと思われて川に放り込まれ、流されるまま永安国に辿り着いたことになっている。

 曖昧な記憶に苛立つ扶搖に、返す謝憐の言葉が面白い。
「記憶には限りがある。数百年前の苦渋の記憶より、昨日食べた肉饅の味を覚えていた方が良い」
 こういう考え方が、逆境にあっても自分を見失わず折れない謝憐を作っているのだろう。過去は過去として、それに捕らわれることなく今を大事にする、ということだと思う。

 さて。謝憐がいなくなった後の半月。花将軍を亡くしたと思い悲嘆に暮れる半月の様子に、放っておけなくなった裴宿が手を差し伸べたのだろう。おそらくこの時点で、裴宿は半月と共に永安国に戻った。そして半月は蠍尾蛇を操る方法を身につけた。
 二人が再び半月国と国境の町に現れたのは、二人の中に「花将軍が亡くなったのは半月人の所為」という思いがあったからだろう。倒れて動かなくなった花将軍の様子に茫然とする半月を、抱きかかえた裴宿が「やり返してやる。半月人はあんまりだ」と言うシーンがあるので、この時半月に「半月人は花将軍の仇」という思いがすり込まれてしまったと思われる。

 だが裴宿は、嘘を言って半月を騙そうとしていたわけではない。まだ幼かったし、そのように思い込んだのだと思う。
 彼は常日頃から、半月を虐める半月人の子供たちを憎々しく思っていた様子があるし、永安人である彼にとって半月人はそもそも敵だ。彼自身も慕っていた花将軍の「死」を前にして、それらの思いが前面に押し出され、そのような言葉となって出たのだろう。

 もっとも、裴宿には別の思いもあった。それは「罪人の子」という汚名を払拭すること。そしてそのために、軍の中でのし上がっていくことだ。兵ならば、武功さえあげれば上に行ける。上にさえ行ければ、白い目で見てくる者たちもいずれ口を噤まざるを得なくなる、と思っていたのだと思う。
 更には、半月人を自らの手で叩きのめしたい、という思いもあっただろう。半月を虐げつらい思いをさせた半月人。半月をいつも優しく見守り、自分とも親ししくしてくれた花将軍を殺した半月人。苦々しい思い出ばかりのあの場所を別の記憶で塗りかえるためにも、その地に戻って半月国を打ち破らなければ、と裴宿は思ったに違いない。

 そして数年後、彼は国境の町へ戻り、そこを守護する兵となった。半月を間者として半月国へ送り込んで。
 これは、戦闘を優位に進めるため、半月を半月国へ帰すことで、少しでも情報を得ようとしたのだろう。もしかすると半月の方から、何か役に立ちたいとの申し出があったのかもしれない。

 とはいえ、裴宿は半月をとても大切に思っていたはずだ。命に関わるほど危険な目には合わせようと思っていなかったと思う。
 なので、宮殿に仕えることになった半月に対し、少なくない者たちが彼女の出自まで持ち出して「不吉な妖術使いは殺してください」と王に進言することになろうとは、夢にも思わなかっただろう。

 これは裴宿と半月人で、蠍尾蛇の危険度に対する認識に差があったからではないかと思う。
 そもそも蠍尾蛇は半月国の周辺にしかおらず、しかも非常に珍しいため、裴宿は半月が操るところしか見たことがなかったのではないだろうか。謝憐も話には聞いていたが見たことはなかったと言っていたし。
 一方半月人はその毒の恐ろしさを魂に刻むほど恐れている。王と臣下との会話の中で「悪用されたらどうします? 解毒薬もないのですよ?」と言っているが、これは善月草の存在が知られていない、或いは隠されているというよりも、貴重なので一般には出回っていないということだと思う。刺されたら四時間以内に死ぬとされているので、姿を見ただけで震え上がるほど恐ろしいのだろう。

 「殺せ」という声が次第に大きくなる中、半月の危機を救ったのは刻磨だった。
 次回は、そこから話を始めよう。

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