創作ノート 2

足場が崩れて、現場が右往左往している、という情景は、一度見かけて不謹慎だが、観察した。不穏なイメージというと、どうしても曇り空とか、黒猫が横切るとか、輪ゴムが千切れるとか、そういうものを思いついたが、足場の材料を軽トラに積み込む音が、極めて不穏だったので、それを利用することにした。ただ、通奏低音にするなら、これを繰り返し、様々な場面で変奏しなければならないはずなのに、それは怠った。書き加えるポイントだろう。不吉なイメジャリーを、全編に充満させたい。

榊原氏は、これも実在のモデルがいるが、実はあまり親しくはなかった。この人物も、後で動き出すかと思いきや、全く動くことなく、終わった。彼女のライフストーリーは、別人のそれを拝借したが、実在の彼女は男たちに「可愛い」と言われていたものの、かなり辛辣な言葉を投げる人で、その他者評価と自己評価のズレを調整して現在に使えればと思ったので、こうしたライフヒストリーが出来上がった。これもまた使い道がなかったが。

商品としては無駄ばかりなので、賞レースにエントリーすることは躊躇われるが(エントリせずに敗北宣言をしてしまいそう)、こういうところで作った人物が後で生きてくればと思って、これはこのままにしておきたい。実在の榊原氏はあまり好きなタイプではなかったが、書いていてこういう榊原氏ならちょっと話してみたいと思った。

同窓会の行われる「田舎」をどこに設定するかは迷った。候補の一つは桐生市。好きなマンガ『悪の華』に触発されてうろうろしたことがあり土地勘がある。といっても、旅人の土地勘だが。もう一つの候補は、男衾。漢字好きで、高速道路を降りたあとよく通る田舎道。そうも思ったが、深谷や寄居近辺は、よく使ってしまうので、今回はやめようと思った。結局、自分のかつての実家があるあたりの風景を、使うことになった。

そのため街道の宿場町になっている。それらを細かく描写しようと思い第2章ができた。浅田くんの死因は本当のことだ。また、居酒屋の成り立ちも、本当のことだ。自分の育った空間のことは、フォークナーやガルシア=マルケスのような作品を描くために、くまなく歩いたものだが、眼高手低で、ただの無駄描写になってしまった。小説とは別個に、街を描写するのは好きで、これはビュトールの影響だ、と嘯かなくても、街について書きたい気持ちは強い。

蕎麦屋のエピソードは、実在のモデルがある。私と神ちゃんは、全く恋仲ではなかったが、神ちゃんと弘海くんが結婚したのは事実で、初めて聞いた時、「え!マジ?」と思ってしまったほどである。教えてくれたのは日野春氏だ。その蕎麦屋にはまだ行ったことはないが、近くを通るとあるので、せっかく久しぶりに過去の記憶を撹拌したので、そんな気持ちを抱えながら訪れてみたい。私のことを覚えてはいないだろうが。弘海くんとは、小学校の時のサッカーの応援の時、応援歌として何歌う?と馬鹿話をしていて、チェッカーズメドレーをした。「ギザギザハートの子守り歌」は何も言われなかったが「星屑のステージ」に入ったところで、コーチにこっぴどく怒られた。そんな記憶がある。

洪水をしばしば起こす川の存在は、アメリカ南部の文学ではよく出てくるし、ノアの洪水のイメージもあるので、私もなんとなく使いたくなって書き込むが、使えないまま放置してしまう。「紀の川」「橋のない川」「四万十川」、海のない埼玉県では、水のイメージは常に川にある。また、川を調べると差別の歴史が大抵は炙り出されるので、両義的なイメジャリーとして、私は川を描き続けたいと思う。

暴力や性交が描写されることにはあまり関心はないが、中上健次の義兄「イクオ」のエピソードについては、感動的なので中上健次『奇蹟』はことあるごとに読み返している。今回、毅(ツヨシ)のキャラクターは、中上の「イクオ」の下位互換だ。

第二稿を書いてみた。文章を増し締めした感じ。ただ、冒頭は内容が気に入っているのに、文章が決まらない。例えば、足場の崩落音と、積み込む時に金属がカンカン当たる音の関係が、イマイチハマらない。

語り手が明確なのに「私は〜」というのが煩わしく、文章を絞った。

「中山」設定で一人称を書き直したら随分と嫌なやつになった。上からで偉そう。これは第三稿で直そう。ネタが尽きてどうしようもなくなったから、同窓会でも行こう、みたいな感じで。

冒頭が目覚めで、終わりが眠りにつく、という対応は気に入っている。夢オチかもしれないという読み手の側の分岐も意識させたい。

丸山健二さんは7回直せと言っていた。

置傘くんは、日野春という人気者を引っ張り出すためにのみ使うようにした。

日野春は、そもそも語り手と距離が近いんだから、距離感を縮めた。

ニヤニヤしている若者のイメージは、後で、何かとイメジャリーを連結させたい。不思議の国のアリスのチェシャ猫は、あまり意識はしていない。ただ、装飾的なイメージとして、反復するのもいいかもしれない。




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