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紙ひこうき、飛ばない

世の中の人の多くは大学教員の仕事を誤解している。授業や研究は、それほど大変ではない。

一番つらい仕事は何かと問われたら、十中八九、テストの採点というだろう。例えば、400人教室いっぱいに学生が授業をとっていたとする。その400人の採点を、多くの教員は一人で行わなければならないのだ。

AIが発達したせいで、レポートを課すと、似たり寄ったり、当たらずとも遠からずのつまらない答案ばかりを400人分読まされる。苦行。テストを意図的に欠席し、俺の手間を減らしてくれた学生こそ、合格!としたいくらいだ。

400人分の答案を目の前にして、やはり今年も途方に暮れていた。事後に出すレポートだと、優劣をつけにくいので、今年は教場で小レポート型のテストを課した。だが、一読して、「〜のポイントは3点あります。1点目は〜です。」の文章にめまいを覚えた。

「あれほど、レポートでの《ですます体》は禁止だと言ってあったのにな」

ただ内容は、つまらないとはいえ、間違ってはいない。合格ラインを下回っているわけではないから、何かしらの点数をつけねばなるまい。優、か、良、か、可、か。

合格、不合格のラインは明確だ。それは間違いようがない。優も、もちろん、すぐにわかる。自分の言葉で、考えたことを、根拠とセットで、論理的に提示できているもの。それらが出来ている答案をより分けて、困るのは良と可の線引きである。

本もあまりないがらんとした研究室で、俺は昔に伝説になっていた、答案で紙ひこうきを作って、遠くに飛べば優とした、という教授の逸話を試してみることにした。合格は合格なのだ。合格で、成績に文句を言ってくるものはいない。特に、良か可か、といった程度の答案を出してくる学生は、合格さえすれば、グレードには無頓着であることが多い。

俺は、100人ほどまで減った答案の束の一枚目をめくって、目の前に置き、おもむろに紙ひこうきを折りはじめた。B4サイズのコピー用紙なので、薄め、大きめである。折り目を強く付けようとすると、生来の不器用のせいか、少しズレる。許せない。やり直す。

ベーシックなとんがり紙ひこうきができた。正味2分。答案を読んだ方が早かったかもしれない。床に養生テープで良と可の基準線を作り、飛ばす位置に椅子を置いた。

西日が、窓から斜めに差し込んで、椅子に座る俺の影が紙ひこうきの着陸コース全体を包み込む。答案に書かれた名前をコールする。

「エントリーナンバー1番、阿東望!行きます!」

俺の投げ方も同一でないとフェアではない。肘だ。肘を俺の肩と水平に定め、この180度回転によって放出された紙ひこうきが描いた軌道と飛行距離、および滞空時間を加味して、良と可を決めなくてはいけない。

さあ、行くぞ!

数秒後、俺は激痛にのたうち肩を押さえた。五十肩だったのだ、俺は。

「すまなかったな、阿東」

俺は折り目のついた答案を丁寧に元に戻し、「良」と記載した。

(1199字)


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