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人生を「セーブ」する

「いま言葉にできることを書き留める」


2025年1月19日。今日は春みたいな気温でした。
春眠、暁を覚えたか。


先日参加したイベントで登壇していた講師の方がいろんなワークを展開してくれたのだが、その中で、その都度書き留める、というものがあった。

うまくまとまらなくてもいい、その時に書けることを残しておけ。
私はそれを「セーブポイント」と呼ぶ、
と言っていた。


ちなみに私はめっちゃしっくりきた。


セーブポイント、「記録すること」と同じことを指している、と思った。

まとまってはいないけど、とりあえず書き残しておく。撮っておく。話しておく。

ゴールへの距離は分からなくても、歩みを進めたらセーブする。細かくセーブしたその積み重ねが確実にゴールへの道を歩み進めていく。

ゲームに例えた表現かもしれないが、生きているうちの1年間、5年間、10年間だってまるで同じことだろう。


「アウトプットしなきゃ」と思うと、それはいつの間にか「うまく表現しなきゃ」になる。

「言語化しなきゃ」と思うと、それは気づけば「良いこと言わなきゃ」になる。


そうなるとなかなか続かないなと思う。


誰を意識するでもなく、自分のために、セーブする。
セーブした先に、何かあるかもしれないし、ないかもしれない。


何もなくても、セーブしなくてうっかりリセットされるよりはよっぽどいい。


私はセーブポイントを通り、今日も日記を書く。



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