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 君と会っている間は、想像のなかでなく現実にそこに君がいる間は、昔の私に戻れる気がする。だから私は君に会いに行った。水分を重たく含んだ空気と、質量をもっているような濃い青空。



 空港で見た彼は、へんな髪形だった。パイナップル、の出来損ないみたいな。へんちくりんな髪形に懐かしさがこみあげた。なんかずれてるんだ、相変わらず。彼は変わらず、想像の八割ほどのおおきさしかないから、その二割分、私は空気を抱きしめた。四か月ぶりの温度と匂い。細い背中。



 軽トラに乗りこんで、さっきまで話していた人たちのようにまた話し出す。ポーズ、一時停止、なにかそういうものの残像がまた動き出す。



 溶岩のような岩場のある磯によりみちした。私はその波の動きに楽しくなって、岩場の先を目指す。サンダルが滑らないように、気を付けながら、岩から岩へ飛ぶ。一番端について、しばらく水平線を眺めた。くすんだ桃色のワンピースがばさばさと音をたててはためく。後ろを振り返ると、彼がカメラを向けていた。



強い藍色のにおいを運ぶ潮風のなか、昼ご飯をたべる。私はオムライスを食べて、彼はパスタを食べた。



 それから、夜を過ごすためのビーチに向かった。運転はそんなにしない、と言っていたのに、スムーズな運転だった。知り合いのやっているお店とか、バイトの人たちとか、そんなことを話していた気がする。私は窓を全開にして、ひたすら風のなかに顔をさらしていた。いっしょにいたときよりも長い髪がまとわりつく。



 途中、すごい崖で車を止めた。ものすごく高い崖の下のトンネルをくぐる。あんまりにも高くてくらくらした。海のうちつけている崖の壁から、ずいーっと上を見上げる。途中にぼこ、と穴があいてたり出っ張っていたり、ちょっと植物が生えていたりする。

そんな壁面をずいっと見上げると、急にそれが途切れて、真っ青な空におちる。上を見上げていくのに落ちるなんて変な表現だと思う。でも、視線がふっと対象を失って、落ちるのだ。ばかみたいにすごいすごいと言いながら、たくさん写真をとった。緑と黒と青が、濃かった。



 山道を走っているときに日が落ち始めた。ふと海のほうを見ると、空と海がまじりあっていた。海にもやがかかっていて、空にも雲が広がっていて、合間にゆらゆらとした太陽が浮かぶ。その景色のなかの、絶妙な色のグラデーションとか、不安定なのに確実な感じ、刻一刻と変化する動き、そういうのものを見ていると、人の心のなかを覗いているような気分だった。



 島の西端の海岸にキャンプをはった。湾になった小さなビーチ。だれもいなかった。白い砂の上に、だれかが貝で名前を描いてた。二人分。テントをはるからと、君はそれを蹴散らした。


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