『トランプは何故、グノーシス主義者なのか? 現代から始めるグノーシス主義入門』試し読み
長らくお待たせして読者諸賢にはお詫びしなければならないのだろうが、ここに時事分析第50回を記念して米大統領選までに記念記事を出すことが出来たことについて、報告させていただきたい。
本稿は諸事論考 第5巻として新たに発売した『トランプは何故、グノーシス主義者なのか? 現代から始めるグノーシス主義入門』の試し読みである。
ここに時事分析第50回を祝して本稿に於ける最重要部分である「トランプはグノーシス主義者であるか?」に関する章を全て公開する。
これは日々、時事分析をご愛顧いただいている読者諸賢に対する、筆者の表敬である。
なお本稿はグノーシス主義やトランプ氏に関する入門書でもあるので、グノーシス主義に興味のある読者、ドナルド・トランプをもっと知りたい読者、或いは、オカルトや神秘主義や陰謀論に多少の興味のある読者、またはそうでない読者も、是非、文章の最後に貼り付けてあるURLから、Kindleにてご一読されたい。
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トランプはグノーシス主義者か?――①人間論的グノーシス主義の検討
先章の終にても述べたとおりに、本章から次章に亘って、これまでの本稿の記述を基礎としてトランプ氏がグノーシス主義者であるか否かについての検討を行っていく。さて、本稿の3、4に於いてグノーシス主義には「人間論的グノーシス(主義)」と「宇宙論的グノーシス(主義)」という二つの理解の仕方があることを述べた。また3と4に於いて解説したが如くに、前者はグノーシス主義を現世における人間の在り方から理解する方法であり、後者は宇宙論的な視座からグノーシス主義を解釈する方法であった。これから両者をそれぞれトランプ氏本人と対照させて議論を進めることとなるが、手始めに本章の題の通りに人間論的グノーシスの視座からトランプ氏がグノーシス主義者であるか否かについて検討を重ねることとしよう。ただし、恐らく読者諸賢にもお分かりの様に、人間論的グノーシス主義の見地からの検討は、非常に単純なものであり、はっきり言ってしまえば、高の知れたものである。よって、本章は確認程度の意味合いしか持たないものとなるであろうことを、先に述べておく。
検討を始めるにあたり、人間論的グノーシスの定義を再掲する。
「人間論的グノーシスとは『グノーシス主義とは、この世界内における人間存在の在り方、即ち人間の実存について語った思想である。』というグノーシス主義解釈である。」
また、この解釈によれば、反日常的、そして反この世的にこの世界と対立する実存的姿勢、またこの世に属さない人間の根源は神(至高神)に由来するものであるとして解釈し続けることこそグノーシス主義者がグノーシス主義者たる要件であった。つまり、徹底的にこの世を拒否し、此岸ではない彼岸のプレーローマへの帰還を嘱望し続けることこそが、グノーシス主義者の実存的態度であったのだ。この様にグノーシス主義者を考えた場合、当然のことであるが、議論の渦中にあるドナルド・トランプも、この様な実存的態度を有さなければ決してグノーシス主義者とは言えない。
では、(恐らく読者諸賢にもはっきりと見え透いた結論であろうが)実際のトランプ氏は、果たしてこの要件に該当する人物であろうか。まず、人間論的グノーシス主義に於けるグノーシス主義者にとって何を置いても肝要であるのは、反この世的姿勢だ。即ち、現世をデーミウルゴスの創造した悪しきものであると断罪し、徹底的にこれを拒否する姿勢である。一瞥すれば容易に理解し得ることであるが当のトランプ氏は、アメリカきっての不動産王であり、有り体に言えば富豪である。また、ただの不動産屋からアメリカ大統領にまで上り詰めた男であり、この男が掲げた政策は不法移民の徹底的な排除と強い米国を取り戻すという、所謂アメリカ第一主義のものであった。果たして、現世で成功を収めたと目される不動産王が、アメリカ大統領に就任した男が、不法移民の排除や米軍の軍備増強という極めて現実的な公約を掲げた男が、反この世的であるのであろうか。無論、筆者はトランプ氏とは全くの別人であり、彼の内心は杳として知るに能わない。けれども、一般的な推測では、トランプ氏の様な人間が鬱屈とした反この世的姿勢を持つとは考え難い。或いは、彼の自伝に於いてもその様な傾向は、筆者の読む限りでは示されていない。以上から、筆者にはトランプ氏が反この世的姿勢を持っているとは、必ずしも言えないと考える。
次に、検討すべきはやはり、トランプ氏が彼岸、即ちプレーローマにおける本来的自己への帰還を冀っているか否かであろう。これについても、上の反この世的姿勢に関する議論と殆ど同様のものとなるが、トランプ氏がプレーローマへの帰還についての希望を、少なくとも公的な場に於いて発言、表明したことが筆者の知る限りに於いては認められないことから、トランプ氏が彼岸への帰還を嘱望している可能性は、極めて低く見積もられるであろうと、筆者は考える。
以上の議論から、トランプ氏においては反この世的態度は、筆者の知る限りでは見受けられず、同じくプレーローマへの帰還願望もまた認められないことから、したがって、この世を憎悪し、至高天への帰昇を目指す人間論的グノーシス主義者では、彼はないと筆者は結論する。上の議論が、非常に粗暴な仕方のものであろうことは、筆者にも瞭然たることではあるのだが、けれどもどの資料を参照してもトランプ氏が反この世的姿勢を表明したことはなく、何方かと言えばアメリカ人らしい現世肯定の思想が見て取られるのだ。また、これは人間論的グノーシス主義の範囲外からの論述となってしまうが、トランプ氏には五人の子どもと十人の孫が居る。グノーシス主義者には、一部では性的な放縦が教団内に於いて行われるという臆説があるものの、通常、徹底的な禁欲が課せられるものである。果たして、子ども五人、孫十人のトランプ氏は禁欲していたのだろうか。いや、決してその様ではないだろう。この様な観点からしてもトランプ氏がグノーシス主義者であるとは、とても言えないということが言える。よって、筆者は、人間論的グノーシス主義の観点からすれば、トランプ氏はグノーシス主義者ではないと、考える。
トランプはグノーシス主義者か?――②宇宙論的グノーシス主義の検討
本章ではグノーシス主義理解の第二の視点である宇宙論的グノーシスの見地からトランプ氏がグノーシス主義者であるか否かについて検討を重ねていくこととしよう。これに当たってであるが、先んじて宇宙論的グノーシス主義の定義を再掲する。
「宇宙論的グノーシスとは、『グノーシス主義は何よりも同時代において極めて特異な宇宙観を持っていた異端宗教思想である。』とするグノーシス主義解釈である。」
そしてグノーシス主義者の特異な宇宙観とは、同時代に於いて支配的であった星辰を神聖視する宇宙観と逆行した、星辰を敵視し、これに対して徹底的な否定を行うものであった。つまり、星辰の悪魔化である。ここから、宇宙論的グノーシス主義におけるグノーシス主義者は、まずもって星辰を否定する宇宙観を有した人間でなければならないという条件が提出されることとなる。さて、この条件からトランプ氏を見てみると、氏は一切星辰を否定する言動や表明を公的な場では行っていない。無論、私的な場に於いてこの様な表明を行っているという可能性こそ完全には否定できないものの、やはり低いと思われる。よって、この宇宙論的グノーシス主義の条件に於いては、トランプ氏はグノーシス主義者である可能性は低い、或いは無い、と言えるであろう。したがって、先の章での人間論的グノーシスの見地からのトランプ氏の考察、そして本章の以上の述懐を以て、トランプ氏はグノーシス主義者ではない…………と、結論するのは些か心早のことである。宇宙論的グノーシス主義は確かに人間の宇宙論的立場に関する特異な見方からグノーシス主義を解釈する観点ではあったが、同時にグノーシス主義を別の仕方でも解釈するものであった。
宇宙論的グノーシス主義は、確かに宇宙論的観点からグノーシス主義を解釈する立場である。けれども、その奇怪な宇宙論が生じたのには、極めて重要な理由が存したのであった。宇宙論的グノーシス主義の見地からは、この理由を以てグノーシス主義者であるか否かを判別することが出来よう。グノーシス主義者は古代アレクサンドリアに存在し、古代アレクサンドリアにはローマ帝国からの非常に苛烈な迫害があった、ということは本稿4に於いて述べた所である。その様な政治的状況から生じたグノーシス主義も、当然その影響を免れず、その思想は甚だ政治的色彩の濃いものであった。彼らが何故、星辰の悪魔視という発想を有するに至ったのか。それは、星辰とは当時に於いて古代ローマにおける皇帝支配の象徴であり、支配体制にとって大変重要な制度であったが故である。これについては4に於いて既に述べていることであるからここでは詳述しないが、兎も角、グノーシス主義者はこれを否定するべく、自らの思想に星辰の悪魔視という往時では異様な要素を盛り込んだのであった。即ち、ここから述べられるのは、宇宙論的グノーシス主義におけるグノーシス主義者の第二の条件である。その条件は、既存権力の否定、或いはこれに対する敵対である。特に、反ローマ的な立場の人間こそが、これに当たるであろう。
では、ここで翻ってトランプ氏を見てみよう。トランプ氏は本稿6に於いて述べた様に、米国既存権力に対して敵対的な立場である。彼はマスメディアと対立し、そして米国一極覇権勢力とも敵対する態度を示す人間であった。或いは、アメリカを現代のローマ帝国であるとする見方も存在する。これはイーロン・マスク氏が表明した意見が記憶に新しい。確かに、アメリカはローマ帝国に匹敵する大国であり、その国境を脅かされている現状を鑑みても、ローマ帝国とは多くの類似点を有した国家である。以上を考慮すると、トランプ氏はアメリカという現代のローマ帝国を牛耳るアメリカ一極覇権勢力と対立し、これを敵視する態度を示す人間であることから「現代のローマ帝国に対する反逆者」と見ることは十分に可能であろう。つまり、トランプ氏は極めて「反ローマ的」な人物であるのだ。反ローマ的、つまりは、グノーシス主義的である。以上の記述から、トランプは、米国既存権力に対する革命勢力であるという点においてグノーシス主義者であると言えるだろう。
また、この様にトランプ氏を既存権力との対立勢力としてのグノーシス主義者として解釈する視座に立脚すれば、自ずと何故トランプ氏にグノーシス派イルミナティという述語が付されたのか、その問に対する解も理解されよう。グノーシス派イルミナティとは、本稿5に於いても述べた様に「既成権力といった現体制への反対派、即ち革命勢力に付される記号」なのだ。正しく、この定義を地で行くトランプ氏に相応しい「称号」である。これをトランプ氏に付した勢力は、その様な人物として彼を政治的アクターに仕立て上げたのだ。そのキングメーカーとは、他でもない。本稿6に於いて登場した多極主義的国際秩序の構築を目指す勢力であり、具体的には、田中宇氏が述べる範疇で言えば、それはロックフェラー系の勢力である。ただし、トランプの背後勢力としてロスチャイルド家を措定する見方も存在するため、一概にこれを正しいと言い切ることは、筆者には為すに能わないが。或いは、ロックフェラーこそ米国一極支配勢力であるとする見方もある。しかし、何れにしても、トランプ氏が、各国への軍事費負担の強要や、それが出来ない場合の撤兵を楯にした脅迫、実際のドイツの中流米軍縮小など、多極主義的な、強いて言えば既存勢力とは真逆の行動を行ったことは事実であり、彼の背後の勢力が何であれ、現代のローマ帝国の星辰である既存の権力、即ちアメリカパワーエリートに敵対する人物としてのドナルド・トランプという視座は確かであろう。
以上より、筆者は宇宙論的グノーシスの見地から、トランプはグノーシス主義者であると結論する。
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