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私がアートをやる理由

どうも、休日は洗濯機回しおばさんな私です。
保育園、小学校の色々も持ち帰ってくるので山。
土曜日が雨だと本当に憂鬱。

私のことを書いてみようと思って。
改めましてもはじめましても、これを読んだら私の7割がわかります。

それでは参りましょう。
まさかの前後になってしまいました。

キラキラな世界

私自身は文化服装学院を卒業しています。作ることが好きです。専門に行った理由は「舞台装飾がカッコよかったから」です。

ファッションショーがカッコよかった。あの空間が異質で、華やかでただただカッコよかった。あれを作りたい、と思ったからです。

それまでは絵を描くことが大好き、なんなら詩を読んだり書いたりもしていたし、美術系の学校に行くんだろうなぁと思っていた。
高校は外国語科で、なんなら学校は進学校。周りの友達は大学進学が当たり前という環境。

私はその時その時で好きなままに生きて、選んでいくという感じだったので、美大か専門かと決めかねていた。そんな時にファッションの面白さに度肝抜かれたわけです。高校生て、服とかに興味持ち始める頃ですしね。

美大もすごく惹かれていた。
いまでも美大には行きたいと思っています。

そして専門学校に入学し、ここでも度肝抜かれるわけです。
すっごい個性的な人たちの集団なので、まるで自分は芋だと思いました。

ワクワクとドキドキが入り混じる初日を迎え、翌日から始まる生活が楽しみで仕方なかったです。

100人100色

まさにこの言葉通りで、知っていた人種とはかけ離れた人がいるもんで。
いまでこそ多様性という言葉が当たり前ですが、目が飛び出るような人とかいるわけです。

髪の毛ピンクと紫にしてた私なんて、全然芋。ジャガイモ。

自分のスタイルを持っている人がめちゃくちゃかっこよく見える。それはオシャレだとか可愛いとかじゃなくて、「わたしはこれがやりたいんだ」っていう想いがかっこいい。
もちろん服が好きだからっていう人もいるし、なんとなくやれそうだから、という人もいた。

でもそれは後になってわかるけど、名簿から消えていく人なんですよね。
服作りって本当に大変だから。生半可じゃやっていけない。

ともあれ。
自分のスタイル、自分の好きを持っている人は、強いのだと思い知らされていく。自分らしさとは、強みとは。

ポイント

「これのデザインポイントは?」
ブランドイメージって大事じゃないですか。この服のここが売りです!みたいな。強くこれがいいと言える思いを持つことと、それに自信を持てることは、やっていけばきっとできるようになる。

けど、自分は何が好きなのか、私らしいデザインとはなんなのか。
市場調査をして、これがいいから作りたいと思うことは、一概に悪いことではないのだけど、らしさではない。

「あなたらしい服を作りなさい」と言われてそれがなんだかわからなかった。
向き合って向き合って、ただただ好きを詰め込んだ服が、目に止まって審査に持っていかれプレゼンをすることに。
思いを言葉にするということがその時は全くできなくて、ものすごく悔しい思いをしたのを覚えている。

きちんと言葉にできて伝えられることができた人が選ばれて。あーぁーってなった。もちろん素敵だったしプレゼンも優秀だった。

思いはあっても言葉にしなくては、相手に伝わらなくては意味がない。

表現をすること

ぶち当たった壁は超絶大きくて。
私らしさはわかったけど、それをどう伝えるのか。手段がわからなかった。

いままで私は人の期待に応えて生きてきたところがあった。その時その時で選んできたつもりが、周りの人、大人の期待に応えていた、無意識で。優等生だった私は模範的な回答をして正解をもらってた。

模範的な回答は、面白くない。魅力的でなくては惹きつけられない。ファッションだけじゃなくどの職業にも言えることだと思う。

自分らしさを表現することをいつのまにか辞めてしまう。思春期なのか、もっと前なのか。
なんで辞めちゃうのか。

恥ずかしいから。
なんか言うとバカにされるから。
みんなと同じの方が安心だから。

絵を描きましょう。
運動会、クリスマス、家族。

描き方を教わるよりも、自分が何に感動して、何が大事なのか。人間を肌色で塗らなくてはいけない理由はあるのか。

何も考えず、ただただ描きたいと思ったきいろいうさぎ。いつの間にか描けなくなってしまった。だってきいろいウサギはいないから。


自由に描いて、自由の思うことが、なんとなく許されない世界ってとても窮屈でしんどい。
そのなんとなくの違和感を感じながら、思いを吐き出さないまま、右向け右し続ける?

この違和感と疑問、子どもを育てるようになってから引っかかりが大きくなって。自由に自分らしく生きてほしいって、親になって思ったからこそ、好きを肯定される場所が、肯定してくれる大人が必要だと思った次第です。