時効 (1分小説)
「ヘイ!塩、お待ち」
中華店の大将が、カウンターテーブルの上に、勢いよく塩ラーメンを置いた。
時効間近の連続強盗殺人犯が、こんな錆びれた町の中華店で、テレビを見ながらラーメンを食ってるとは、誰も思うまい。
俺は、どんぶりをたぐり寄せ、オヤジの形見の腕時計を、チラリと横目で確認した。
あと5分。あと5分で、俺がしでかした連続強盗殺人の、最後の事件が時効になる。
整形を繰り返し、指紋を焼き、名前も筆跡も、好みの味も服も何もかも変え、完璧なまでに別人になりすました俺。
それでも、脳裏から「逮捕」の二文字が消えることはなく、全国を逃げ回り、毎晩毎晩、悪夢にうなされながら生きてきた。
でも、時効を過ぎれば、呪縛の日々からも解放されるだろう。
いよいよ、自由へのカウントダウンが始まったのだ。
俺は、高まる気持ちを抑え、いつもと同じように、静かにラーメンの麺をすすった。
ガタッ。小汚い風貌をした中年男が隣の席につく。
と、ラーメンとは明らかに違う、すえた匂いがただよった。
「うまいか?もう、昔のように豚骨は食べないのか?」
男は、俺のどんぶりを見やった。
何者だ。
俺がむかし、豚骨派だったことは、死んだオヤジか、ワルの相棒ぐらいしか知らないはずだが。
そう。逃げ遅れて捕まった、かつての相棒ぐらいしか。何年も前に、ムショから出てきたとは聞いていたが、まさか。
ずいぶん風貌が変わってしまっている。整形しているのか?
「残り3分。お前に人生の選択をさせてやろう。電話で自白をするか」
俺は、思わずその先をさえぎった。
「カネが欲しいのか?」
男が首を振る。
「その腕時計を、私に渡すかだ」
こんなモノでいいのか。
俺は、すぐさま腕時計を外し、奴に手渡した。ありがとよ、天国のオヤジ。
男は、それを受け取ると、文字盤の横のネジを回した。すると、腕時計は、汚れや傷がどんどん消え、新しくなっていった。
いや、時計だけではない。店内においてある、油まみれのテーブルや調味料もきれいになり、男や他の客までも、みんな若返ってゆく。
マジックか。
俺は、自分の顔に手をやった。整形前の顔になっている!
「昨夜午後8時頃、東京都荒川区のアパート『山の荘』で、男性が殺害されているのが発見され…」
見覚えのある映像。
これは、俺と相棒が25年前に起こした一番最初の強盗殺人じゃないか。もう、大分前に時効になっているはずだが。
「ぶっそうな世の中になったねえ」
髪の毛が、ふさふさと黒くなった中華店の大将が、客と話している。
俺は、テーブルの下の棚にある新聞をひっぱり出した。
25年前の日付。
『ぜったいに、弟のかたきを取る』新聞には、被害者の兄が顔入りで、インタビューに答えていた。
被害者の兄の写真と、今、自分の隣にいる男を見比べる。
「全財産、全人生をかけて、お前のことを調べつくし探してきた。じっくりと反省してもらわんとな」
この男に間違いない!
「少しでも妙な動きをしたら、また、時間を巻き戻す。さあ逃げろ、あと25年だ」