味覚 (1分小説)
5つ星レストランのフォアグラも、味を感じるのは、わずか8センチ足らずの舌の上だけ。
よく噛んで味わったとしても、「美味しい」の限界は、30秒。
グルメ&メタボの私は、せめて、舌を越えて食道まで、食べ物の味を味わえないかと、研究を重ねてきた。
そして、とうとう 「味覚を感じる人工食道」を作ってしまったのである。
手術室に横たわる私に、助手が何度も確認する。
「本当に、人工食道に、かえてしまっていいんですね?すっぱいものや辛いものも、この先ずっと、食道まで味わうことになるのですよ」
私は、麻酔の効いた頭でこたえる。
「大丈夫だ。好きなものしか食べないから」
【5時間後】
手術は、無事成功。
助手は、こっそり、キャビアを病室に持ってきた。
「先生の大好物ですよ」
ひとくち食べると、うまい!
「うまい」という感覚が、のど元を過ぎて、胃の直前までちゃんとある。
バラ色の日々が始まった。
地方や海外へ飛んでゆき、特産品や珍味を、つぎつぎと堪能。
フォアグラ、トリュフ、ウニ、カラスミ、コノワタ。ロマネ・コンティ、シャトー・ぺトリュス。真鯛の姿造り、和牛ステーキ、越乃寒梅。
料理も酒も、美味!
同行した助手は、心配そうに私を見つめている。
「先生、病院の流動食はいかがですか?」
助手が見舞いにやってきた。
「まずいよ。食道まで、ずっとまずい」
もう、一週間も、まともな食事を取っていない。
退院できたとしても、グルメな私は、また美味しいものばかりを食べて、痛風になってしまうに違いない。
退屈な入院生活。ネットで、いろいろ調べていると、アメリカの病院に、珍しい臓器提供者がいることが分かった。
その臓器提供者は、生前、舌、食道、胃、腸にいたるまで、すべてに味覚があったらしい。特異体質である。
「どんなに美味しいものを食べても、それだけ長時間、食べ物の味を味わっていたら、さすがに少量の食事で飽きただろうな」
助手は、私に言った。
「先生、もしかして、その臓器提供者の臓器を、完全に移植すれば、小食になるとお考えですか?」
さすが、よく分かっている。
「ああ。うまいものを、うまいと長く感じつつ、かつ、自然にダイエットもできる。最高だ。さっそくアメリカへ飛ぶぞ!」
【一週間後】
手術は、無事成功。
「朝に食べた、スクランブルエッグとマンゴーヨーグルトの味が、まだ体内に残るのに、もう昼食の時間か」
胃の中で、複数の味が混じりあい、気持ちが悪い。
「オイ、臓器提供者の死因は?」
助手が、真顔になった。
「決意の餓死です」
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