見出し画像

カキ氷 (1分小説)

私は、喫茶店のマスター。

毎年、夏になると、カキ氷をメニューに加えて販売している。

しかし、他のメニューと同様、売上げはかんばしくない。

「やはり、『氷はじめました』の垂れ幕だけじゃ、 弱いな」


メニュー展示用のサンプル品を作っている業者に、電話をかけた。

「カキ氷のサンプル品ですか?おひとつ、3000円です」

そんなにするのか!

ただでさえ赤字経営なのに、資金をかけていられない。丁重に断り、受話器を置いた。

展示品を、自分で作れないものだろうか?氷に見えればいいんだろ。

部屋を見渡す。

床に転がっている、10個ほどの水晶玉が目に入る。占い師として、もてはやされたバアさんの形見だが、今ではガラクタも同然。

売るのも気が引けるので、放置していたのだが。

ホコリまみれの水晶玉を水洗いし、手動のカキ氷製造機にセットする。

取っ手を回転させると、ガリガリガリガリガリ、製造機から、キラキラとした結晶が落ちてくる。

いい感じだ。皿をセットし、ひたすら水晶の粉を作りつづけた。

緑や赤の絵の具をかければ、充分、宇治フラッペやイチゴフラッペに見えるぞ。


翌日、さっそく展示用ショーケースに入れて、販売したところ、カキ氷は飛ぶように売れた。

「なんだか、あの展示品が気になって」
「どうしても、カキ氷を食べないといけないような気がするの」

お客さんが妙なことを言う。


同業者で、日頃からお世話になっている田中さんにだけは、こっそりと水晶玉の件を話した。

「他のメニューも、水晶で作ってみたら?」

なるほど。田中さんのアドバイスは、いつもユニークだ。

私は、残りの水晶玉を、彫刻刀やヤスリでけずり、小さなカレーライス、スパゲティーを作った。



【三年後】

「たしか、ここにあった喫茶店のマスターとは、お知りあいだったんですよね?」

グルメ雑誌の記者が、空き地を指差した。

「ええ。マスターが、なんでもかんでも、水晶でメニューを作っちゃう人で。水晶がなくなってからは、やめときゃいいのに、内装やテーブル、イスまで、氷でつくって」

田中さんが遠い目をする。
「もうかっていた夏場はよかったんだけど、あとは、維持費が大変だったみたいだよ」

記者は、速記でメモを取る。
「なるほど。結局、みんな溶けちゃったんですね」

「ええ。その後、あの人、夜逃げしちゃった」

田中さんは、水晶でできたマスターのフィギアを、ポケットの中で固く握りしめた。



いまだ、行方不明なんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?