胎教モーツァルト (1分小説)
「胎教には、モーツァルトがいいらしい」
夫は、『モーツァルト全集』と書かれたLPを広げた。
独身時代、私が、ヒップホップのDJをしていたことは知っているはずなのに。
「たまには、クラシックも聞いてみろって」
ターンテーブルに『フィガロの結婚』を乗せる。
しかし、10分も経つと、眠い曲調にガマンできなくなってきた。
『フィガロの結婚』の右側に、『アンネ・クライネ』をセット。ヘッドフォンを装着、2枚のレコードをスクラッチ。
意外だ、思った以上にクールな音が出る。
私は、モーツァルトをヒップホップ調にアレンジ。自作の歌詞をつけ、何曲もミキシング。
お腹の子供も、リズムに合わせてキックしている。
【6年後】
モーツァルトを聞き続けた息子のIQは、150。異常に高い。
「今日の朝食、納豆…ショック。 結局パン食♪今日の朝食、納豆…ショック。 結局パン食♪」
いつも、韻を踏んだヒップホップを口ずさんでいる。
ターンテーブルやミキサーの操作も、恐ろしい速さでマスター。これは、将来、絶対、大物になる。
【30年後】
「日本に、ミサイルが発射されるって本当ですか?」
官邸で、記者団にもみくちゃにされる首相。首からぶら下げたヘッドフォンを、あわてて耳に装着する。
「いつも、そうやって国民の声をシャットアウトして!」
うるさい記者たちを、振り払う。
そして、秘書と官邸の地下へ降り、ある一室へ入った。
「今の日本 一発でドボン どうしよ テポドン。 今の日本 一発でドボン どうしよ テポドン」
総辞職、衆院解散、自衛隊派遣、経済制裁、対話・・・。
“首相ミキサー”の中にあるボタンのうち、厳重なケースに覆われている『核ボタン』に、手を伸ばす。
秘書は、寸出のところでそれを制した。
「他に、いい方法があるはずです。『対話』はいかがでしょう?」
「『対話』も『経済制裁』も、過去 何度も 押した、Yo!」
首相は、目を閉じながら、『フィガロの結婚』と『アンネ・クライネ』をスクラッチ。
いい知恵 くれよ モーツァルト!
ハッ!
首相の顔が、やっとほころんだ。
「巨大マスゲームで、回避する悪夢♪ 巨大マスゲームで、回避する悪夢♪ チェケラッ」
秘書が、即座に意訳。
「日本国民総出で、書記長の顔と国旗の、巨大マスゲームを、全国各地に作るということですね。素晴らしい!
まさか、そこには落とせまい」