ハリボテ (1分小説)
右足のサイズは、26センチ。左足は、27。
でも、左右でバラ売りしてくれる、親切な靴屋さんはいない。仕方がないから、俺は、いつも27を買って、右足だけ市販の中敷を入れている。
でも、結構ゴワつくんだよな。代わりに、ティッシュを詰めても気持ちが悪いし。
そうだ!アレはどうだろう?
俺は、クローゼットの奥から、同棲していた元カノが、置き忘れていったブラを取り出した。
Cカップの底から、胸パットを1つ抜き取る。針山のような、こんもり感。女子という生き物は、まったくもって詐欺師だな。
元カノの、嘘の男性経歴に、嘘の仕事、そして顔面までも。ハリボテみたいな恋愛に疲れ、別れを切り出したのは俺だった。
しかし、胸パットは役にたった。右の革靴の先に入れると、あら、ピッタリ!靴を履いて、2、3歩歩いてみても、何の違和感も感じない。
大きさもちょうどいいし、あたりもソフト。ナイス!元カノに、初めて感謝だ。
というわけで、俺は今日、胸パットを1つ、足に装着している。
「何か、急に姿勢がよくなった?」
同じ内勤のセクシー美女、中野さんからも褒められ、気分がいい。
でもその後、パットがフィットし過ぎて、俺はすっかり、存在を忘れてしまっていた。
問題が生じたのは、仕事終わりに、急きょ組まれた飲み会での席。俺は、お座敷で靴を脱ぐ段階になってから、やっとブツの存在を思い出したのだ。
装着初日だけに、ブツがどんな動きをするのか、まったくもって予想がつかない。
靴を脱いだら滑り落ちてくるのか、それとも、靴の先に、とどまってくれるのか。
まだ、足がクサいとか、靴下が裏表逆とかなら、おしゃべり好きの女子たちから、ひととき笑われるだけだが、胸パットが公然の前でバレれば、完全に変態である。
仕事がよくできると評判の俺が、たった一回のミスで、最下層のグズ社員に急転直下。
待て、あせるな。とりあえず、下駄箱前にあった板場に腰を下ろす。
店内のスリッパをトイレに持っていき、履き替えてみては。いや、誰かに見つかれば不自然だと思われる。やはり、ここで脱ぐのが一番自然だ。
俺は、胸パットポロリを防ぐため、足の先をギュッと伸ばし、定位置に固定させてから、靴を脱ぎはじめた。
その時、「なにモタついてんだよ」と、先輩が肩に触れてきた。
予測できない事態に、俺はよろめき、身体のバランスを失った。
と同時に、パットがポロリ。
しまった!
「なんですか、これ?」
後輩の男子社員が、腰をかがめてブツを拾い上げる。
「ひゃー!」「ありえない!」
OLたちの悲鳴が、下駄箱中に響きわたる。なぜか、自分の胸を触っている女子もいる。
そこへ、美女の中野さんがやってきて、プラダのブーツを脱ぎ、板場にデンッと自分の足を乗っけた。
五本指靴下、しかも、先にはデカい穴が3つ。
「ハイ、気にしない、気にしない!あんたらの仕事のミスの方が、迷惑、迷惑!」
あっけにとられる周囲。
中野さんは、なにごともなかったかのように、座敷へ消えてゆく。
今夜の飲み会は、荒れそうだ。
俺は、思いがけず始まった新しい片思いに、ドキドキしながら、あとを追った。
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