都市伝説 (1分小説)
「高層ビルの窓拭き清掃なんて、危険な仕事、辞めてよ」
婚約者のナンシーは、何度も言っていた。
こうして、今、足を滑らせて、ビルの27階からまっさかさまに落ちていることを考えると、ナンシーの忠告通りだった、と思う。
それにしても。
走馬灯のように人生をふり返るっていうけど、あれって、本当なんだな。
先月、親父と釣りに行ったこと。先々月、大学時代の友達とボーリングで遊んだこと。
タバコでボヤ騒ぎを起こした17歳。はじめて女の子に告白した13歳。
学校でオモラシをした9歳。三輪車で転んだ3歳。
落下するごとに、過去へとさかのぼり、思い出深い映像が、脳裏に浮かんでは消えた。
【病院】
彼氏が、清掃現場のビルの1階で、赤ちゃんになって発見された。
「ナンシーさん、科学的には解明できませんが、彼氏さんは、1歳に戻ったようです」
医者が、ベッドから、ぶかぶかの作業着を着た彼氏を抱き上げた。
オギャー、オギャーと泣いている。
奇跡的に生きていたことは嬉しいが、赤ちゃんと付き合うなんて、無理。
元に戻ってほしい。
【事故現場のビル】
一段一段、赤ちゃんになった彼氏を抱えながら、階段を登ってゆく。
思った通り。
彼氏は、ビルの階段を一階登るごとに、一歳づつ成長していった。
「オレ、もしかして、このビルの中でしか、暮らせないんじゃないか?」
6階で、6歳に成長した彼氏が言った。
「ここのビルの一室を借りて、一緒に暮らしましょうよ」
年を一歳取るごとに、ひとつ上階の部屋を借りて、2人で生活していけばいい。
「最上階は30階。どうせそれ以上、年はとれない。もう別れよう」
「嫌だわ。私、ぜったい、増築してみせる」
【と、あるビル】
「その窓拭き清掃業者のカップルが、ウチの110階建てのビルに住んでいるらしい」
「増築しすぎだ。有名な都市伝説だろ?」
サラリーマンたちがオフィスで談笑していると、いいタイミングで、窓越しに清掃業の男が現れた。
「もしかして、例の?」
サラリーマンの一人が、窓越しに聞いた。
「ええ。彼女が、これだけ増築したら安心だろうってね」
清掃業の男も、なれた口調でジョークに答える。
そして、隣のそっくりなビルを見つめた。
「きっと、隣でも、同じ会話が繰り返されているんだろうな」
それは、まだ、ニューヨークが平和だった頃の話。
※もちろん、フィクションです。