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『SHINYA IMANISHI Selected Works: 2015–2024』刊行記念——アーティスト今西真也&デザイナー竹内敦子(XS)インタビュー


キャンバスに分厚く盛られた絵の具の層を筆でえぐる。その筆致からできた無数の点は、鑑賞者の脳裏にイメージを想起させる。

今西真也独自の作風で描かれた作品は、10年間に350点以上。その中から厳選した作品を掲載した、初の作品集『SHINYA IMANISHI Selected Works: 2015–2024』が刊行される。本書のデザインを担当したデザイナー竹内敦子(XS)も交えて、一人の作家の作風を一冊の本に落とし込むことについて伺った。

ミシン線で作風を擬似体験できる表紙

——今回の本の成り立ちからお伺いできればと思います。どういったきっかけがありましたか。

今西真也(以下、今西):この本は元を辿ると、自分が所属するギャラリーからプレゼンテーション用の本を作りたいという提案があったことからです。自分は今まで作品をまとめた本を作る機会がありませんでした。2022年の秋頃から企画がスタートして、約2年かけて形になりました。ですので、今回の本は画集というよりも、自分の10年間の要点となる作品をピックアップして、自己紹介するための本という基本のコンセプトがあります。

——ギャラリーのコレクターやアートイベントの主催者に向けた資料という側面があるのですね。それからどういった流れになりましたか。

今西:大学の同級生だったデザイナーの竹内さんに、展覧会のDMなどのデザインをこれまでに何度かお願いしているので、ぜひ本を作ってもらえないかとお願いをしました。

——長いお付き合いなんですね。竹内さんは、今西さんの作品をまとめるにあたって気を遣った点やコンセプトはありますか。

竹内敦子(以下、竹内):今回、編集方針やデザイン含めてゼロから立ち上げました。今西さんから何をやってもいいよと言われて自由にやらせてもらえましたが、初めての冊子制作だったので手探りの状態からスタートしました。

今回、印刷をサンエムカラーに依頼したのは、今西さんが木村さん(サンエムカラーの営業)とお知り合いだったことからです。そして、サンエムカラーでできることの幅が広いので、今西さんの作品の良さや特徴を捉えて、どうやって印刷や加工に落とし込んでいくかという点で悩みました。

特に表紙まわりで作家性を表現したりインパクトを出したいと思っていたので、加工を含めたデザインをどうするかが大きな課題でした。今西さんからは、とにかく、面白い作品が伝わるものを作りたいというリクエストがありました。色々な加工を組み合わせしたものなど、色々なアイデアが出ましたが、ただもっと今西さんの作品らしさを表現できるぴったりなものがあるのではと思う気持ちがあり、加工方法を探している中でミシン線加工に辿り着き、相性がいいのではと可能性を感じました。

今西さんの作品は、絵の具が分厚い層に塗り重ねられたキャンバスを筆で掘り起こしていき、下の層の色が表に出てくるというとてもユニークな技法でつくられています。この本を手に取った人にもその工程を擬似的に体験できるような仕掛けとして、作品イメージの中の筆致をデータ上でトレースし、その穴の部分をミシン線にして剥がせるようにしました。ミシン線を剥がして行くと、くり抜かれた穴から本文1ページ目のグラデーションの色が見えるという仕組みです。

細密なグラデーションを再現

——今西さんの作品は立体的ですよね。そこを平面の紙面で伝えるのが大変かと思いますが、意識された部分はありますか。

竹内:そうですね。そこで、サンエムカラーにあるデジタル印刷機JetPressという印刷機を教えていただいて。今西さんの作品の実物の筆致は、まあまあ大きいんです。それをA4の印刷サイズに縮小すると、どうしてもディティールが潰れてしまう。その部分をJetPressで印刷すると、1本のストロークの中にある細かい絵の具の筋や、微妙な色、ディテールがしっかりと出ていました。JetPressのおかげで平面上でも作品の立体感を損なわずに印刷できたと思います。

画像補正についても、サンエムさんはアートブックをたくさん印刷してこられたので、そのノウハウが豊富でこちらからお願いしなくても先回りして的確な補正をしていただいて。今回の作品図版は作品の切り抜きを行わず、設置された壁面までを含めた扱いにしました。キャンバスからはみ出る絵の具の盛り上がりや影を情報として残すことで作品の立体感を出そうと考えましたが、壁面の色や影の出方が撮影時期によってばらつきがある作品写真だったのでうまく補正できるか不安でした。ですがそのばらつきを見事に補正していただき、冊子全体で統一感のある美しい仕上がりにしてもらいました。印刷物の上で作品の魅力を伝えるための細やかな気配りや高い技術力にとても感謝しています。

他には、作品に寄ったディティールの写真を合間に差し込むことで、正面からではわからない絵の具の盛り上がりや混ざり合った色合いが伝わるように、写真の組み合わせやレイアウトで寄りと引きをうまく使うことを意識しました。

今西真也による作風の変遷

——今西さんの作風を造本設計で表したいという意図があったんですね。ちなみに作品の選定に関してはどのようにされましたか。

今西:10年間分の作品を全部掲載できるわけではないので、自分で選ぶと作品に思い入れがあるため、初めて見る人でも分かりやすいように第三者目線のあるギャラリーの方にまず選んでもらいました。そこから自分の中でのキーポイントになった作品を、他のページに干渉しないように流れを汲んで差し込みました。だから初見の方にも、今西真也という人が10年間でいろいろなスタイルを持ちながら活動してきたということが、本をパラパラめくるだけでわかるようになっています。

——この機会に、今西さんの作風の変遷を大まかにお聞かせいただけたら嬉しいです。

今西:自分の作風は、大学院の修了展に出した作品から始まっています。大量の油絵の具を使って、キャンバスの下に黒い層を、上に白い層を分厚く盛ります。それを筆で引っ掻いて、点を作る。その点と点が繋がることで、鑑賞者の頭の中でイメージを想起させる、という作風を考えました。

大学院の終了展での作品が、ギャラリーやコレクターの人に初めて声をかけてもらえて、これを機に作品をどんどん作っていきます。初期の作品は、社会的だったり、デイト・ペインティング的な要素を入れて、そこから哲学的な要素も盛り込みました。

——ちなみに絵の具を厚盛りする技法をされてる方は他にいないんですか。

今西:自分に似たスタイルでは誰もしてないですね。

——そうなると自分で作っていくしかない。逆に参考になった作家はいらっしゃいますか。

今西:いっぱいいますよ。自分はアーティストは当然ですが、ペインターも好きなので色々な方から影響を受けてます。でも自分は関西の人間なので、アクションペインティングの白髪一男などは親近感が沸きますね。あと、大学院で教わったのが椿昇、宮島達男、大庭大介の御三方です。この3人に揉んでもらってつくってきたので勿論影響はありますね。

——関西ならではの学びがあったんですかね。

今西:たぶん自分が関東に住んでいたら、現代アートのプレイヤーが周りに多いので、 作家はこうあるべきという意見が圧倒的に多いはずで、影響されてしまうと思います。その点、関西は離れているので、いい意味で自由に、悪い意味では自分勝手に作ることが許されていました。そういった環境は、自分としてはすごい恵まれてたとは思います。

それから、色を入れることができるようになりました。元々自分は東洋哲学に興味があって、そこで東洋哲学をベースにしながら、浮世絵や山水画を参照した作風に挑戦しました。

色を少しずつコントロールできるようになって、絵画史的に重要な要素となる光、炎などを描いてみようという時期もあります。モチーフがろうそくから火の単体になって、描き続けているうちにイメージがどんどん抽象形態に変わって、より自由になっていきました。

——モノクロからカラーに移行しましたが、どういった点が大変だったでしょうか。

今西:自分以外にこの技法で制作している人がいないため、工程が確立されていません。だから層になった絵の具を筆で掘るとどうなるのか、そのコントロールの加減がわからなかったので、初期はシンプルなモノクロームで制作していました。

また描き手としては、明確に色を分けることよりも微細な色の変化を試したかったこともあります。最初は四苦八苦していましたが経験を重ねることで、絵の具の硬さや筆の太さなどの影響を加味して、仕上がりを想定できるようになりました。

——10年間の経験からなせる技ですね。 作風が年を追うごとに徐々に抽象的になっていますね。

今西:そうですね。自分は、”絵に答えがありすぎる”作品を、鑑賞されることに抵抗があります。鑑賞者が「これはこうだよね」「面白いね」「いいね」で、答えが出て終わってしまうことが怖い。自分にとって絵の楽しさは、絵の内容を認識した後に、鑑賞者が何か深いところに行ければ面白いと思っています。

——こちらはより抽象的になっていきますね。

今西:1回目の個展の終わり頃のシリーズです。これは「立体物の認識と光」というテーマがあって、絵画をミニマルに描く時に、自分ならどうできるだろうという挑戦から始まったシリーズです。このシリーズは現在も進化していて、ここから4つの作風が派生して50作品以上つくっています。

——この作品はずいぶん複雑になりましたね。

今西:そうですね。今までは筆で点を打って、点と点を繋げていました。それから、点の解釈を大きくするという発想から始まって、画筆を変えて刷毛を使ったら結果として点が面になりました。これは空間をどう認識するのかということに焦点を当てたシリーズになります。


——こちらは今までとは技法が全然違ってきますよね。

今西:これは道具を変えて、筆を使わずにパーティグッズのクラッカーを使っています。 パネルの上でクラッカーを

破裂させて、その上に絵の具を重ねていって、最後にクラッカーを引き剥がした痕跡を残した作品になります。 僕は掘り返す行為で制作を行い、そこにおけるスピード感や衝撃を画面上に表現することをどうやったらできるだろうと考えた結果の作品になります。初めて試してみたら思ったよりも綺麗に反映されて、毎回コントロールができない点も含めて面白いですね。

——道具を変えても綺麗な作品になっていますね。

今西:それと今回の冊子の特徴として言い忘れてたとしたら文章を載せていることです。巻頭の文章は、この本のために山本浩貴さん(文化研究者、アーティスト)に書いてもらいました。角奈緒子さん(広島市現代美術館 学芸員)、木村絵理子さん(弘前れんが倉庫美術館 館長)、中井康之さん(国立国際美術館 学芸課長)の文章は、以前の個展の時に書いてもらったものです。過去の個展に対しての文章なので、今の作品と違う部分もありますが、今後公開される機会もないので載せてもらえたのはありがたかったです。

作風を一冊の本の中で表現する

——解説いただいてありがとうございます。

竹内:でもよくまとまったよね。最初は時系列で載せていく方針でしたが、レイアウトしていく作業のなかでシリーズが混在すると見せ方が難しいなと。そこでシリーズでまとめた方が分かりやすいのでは?ということになり、変更しました。

今西さんの作品は色についても重要な要素かつ印象的なので、ページをめくったり、左右の組み合わせで、色が綺麗に見えるようにするために、制作年が前後しています。最初の作品解説のページをグラデーションにしたのも、今西さんは普段のやり取りの中でも「グラデーション」という言葉を使うことやアイデアが多いし、それと冊子に掲載されなかった作品に使われている色もあるので、それらを補完できるような色の工夫を入れたいと考えていたような気がします。

——そうですね。解説のページが華やかな画集はなかなかないので、今西さんの作品に合っていると思いました。

竹内:印刷の綺麗さが想像以上だったので、今回このグラデーションに挑戦してよかった。線数が低いAMスクリーンだったら多分もっと濁ってたと思うのですが色校正紙を見た時の第一印象が本当に綺麗で感動しました。

それと今西さんって超アイデアマンなんです。今回も次から次へとものすごい量のアイデアを出されて、そこから厳選した本なんです。作品作りの思想や哲学がベースにありながらも、やっぱり関西人気質の「何か面白いことをやる」みたいなところもあるからこそ、出るアイデアが多いのかなと。

今西:いろんなアイデアを言えるだけは言えるんで、すいません(笑)。

竹内:アーティストと一緒に仕事をすることは、楽しさもあるし厳しさもある。作家は普段替えの効かない世界にひとつだけの作品をつくっていて、その姿勢には絶対妥協がないと思うんですが、その作品を第三者が印刷物という複製メディアに落とし込んだ時に、作家本人がどこまで許せるかの線引きをどこに設定するのかが大変でした。

今回は特に表紙のトムソン(ミシン線)加工は何度もやり直しました。NGと言われた加工案の、今西さんにとって許せないところ、こだわりとして絶対に譲れないところがどこなのか。修正を繰り返す中でそれらがクリアになっていき、大切にすべきポイントを理解していきました。自分にとっても未知数だった今回の冊子の制作を通して作品の良さ、作家のこだわりの純度をいかに残せるかは勉強になりました。

——2人でかなりやり取りをされてたんですね。今西さんから最後に何かありますか。

今西:今、竹内さんが言ってくれたことは確かにそうです。自分としては、制作過程においてダメ出しをするということは、基本的に手に取った人に楽しんでもらいたいという気持ちが根本にあって、より楽しんでもらうためにしています。今回こだわったところは、楽しんでもらいたいというのが大きかったので、そういう意味では完璧だと思います。あとは手にとって楽しんでもらえればと思います。

販売情報

・Tokyo Art Book Fair(サンエムカラーのブース内で販売予定)
会期:2024.11.28 Thu - 12.1 Sun
会場:東京都現代美術館 (Museum of Contemporary Art Tokyo)

・サンエムカラーストア


展覧会情報

奈良ゆかりの現代作家展 01 今西真也 「吸って、吐いて」 
会期:2025年1月18日(土)~2月16日(日)
会場:奈良県立美術館
イベント:アーティストトーク01 今西真也 2月1日(土)14:00~15:30(13:30受付開始)https://www.pref.nara.jp/secure/316262/2024_%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%82%86%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%AE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BD%9C%E5%AE%B6%E5%B1%95_%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9.pdf

プロフィール

今西真也
1990年奈良県生まれ
学歴 2015年京都造形芸術大学大学院 芸術表現専攻 ペインティング領域 修了

主な個展
2024年
・ SHINYA IMANISHI   anonymousbuilding/ 東京
・「キラキラと曖昧」  nca | nichido contemporary art / 東京
2023年
・「GLIMMERING」  THE BRIDGE /大阪
・今西真也  anonymous collection    ZeroBase /東京 
2021年
・「かー ーか かー」    nca | nichido contemporary art /東京     
・「羊羹とクリーム」    Bijuu ギャラリースペース / /京都
2018年
・「Wind,Rain,and your Words 」   Art Delight /ソウル
2017年
・「ISANATORI」    nca | nichido contemporary art /東京

主なグループ展
2024年
・東京都展 WHAT CAFE/ 東京
・2023年度新収蔵品展 豊田市美術館 / 愛知
・anonymous art project「collective 2024」 OMOTESANDO CROSSING PARK/東京 
2023年
・カンサイボイス vol.2 nca | nichido contemporary art/ 東京
2022年
・Art Collaboration Kyoto 2022 にて個展形式で展示  国立京都国際会館 /京都     
・「young okazaki vol.2」 MtK Contemporary Art /京都
2020年
・カンサイボイス  nca | nichido contemporary art / 東京
・シェル美術賞展  国立新美術館/ 東京
2019年
・『大鬼の住む島』   WAITINGROOM / 東京
・Kyoto Art Tomorrow 2019 ー京都府新鋭選抜展  京都文化博物館 本館 /京都 
2017年
・日台文化交流展覧会マイ・コレクション展 感性の寄港地   T-ART GALLERY /東京      
・群馬青年ビエンナーレ 2017  群馬県立近代美術館/群馬
2015年
・nca new generation project「Sensing Body」 nca | nichido contemporary art /東京      
・京都造形芸術大学大学院修了制作展 /京都
2013年
・京都造形芸術大学 卒業制作展 /京都

主な受賞・奨学歴
2023年   Anonymous Collection Award 受賞 
2022年  公益財団法人松浦芸術文化財団 令和4年度 現代芸術家助成 
2020年 シェル美術賞 2020 グランプリ受賞
2019年  Kyoto Art Tomorrow 2019 ー京都府新鋭選抜展 大賞
2017年 群馬青年ビエンナーレ 2017  入選
2016年 第 31 回ホルベインスカラシップ奨学生
2015年 京都造形芸術大学大学院修了展 大学院賞
2013年 京都造形芸術大学卒業制作展 学科賞

コレクション
豊田市美術館、大林組、anonymous art project、UESHIMA COLLECTION、他プライベートコレクション

・竹内敦子(XS)
1987年長野県生まれ。2015年京都造形芸術大学大学院 芸術表現専攻終了。
自身を活動の最小単位(XS)とし、ミニマムなスタンスから実現できる最大限を大切にし、時には様々なクリエイターとの協働を通じて規模を拡張しながらグラフィックデザイナーとして活動している。

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