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家庭科の成績で2をとったのに、お菓子を作るようになるまで。

「女の子なのに、料理も裁縫もできないのはマズい」

通知表を見せた私に、父が放ったひとこと。
中学1年生の2学期、終業式の夜だった。

家庭科に関わることがすべて苦手だった私。
調理実習では、野菜の皮むきが満足にできず実習班の足を引っ張っていた。どう頑張っても、皮が分厚くむけてしまうのだ。私が手がけた野菜は、全部無惨な姿になった。やる気をなくした私は、調理の工程はすべて班員に任せ、片付けで活躍していた。
ミシンを使えば糸を詰まらせて、復旧作業で授業が終わった。私が使った後のミシンは、次の授業では使えなくなる。「ミシンクラッシャー」と呼ばれても違和感ないぐらい、ミシンとの相性は最悪。

そんな私に、家庭科担当教師が突き付けた成績は、5段階評価の2だった。

そりゃそうだ。
被服では、時間内に作品を仕上げたことはない。居残りの常連だ。
調理実習も、苦手意識から積極的に取り組もうとしない。包丁を持たせれば、危ない手つきでみんなをハラハラさせる。おまけに、皮を剥いたあとの野菜は、半分以下の大きさにしかならない。
そんな私が、好成績を取れるわけがない。

しかし、何を根拠にしていたかは知らないが、親は期待していたらしい。だから、通知表を見た時の落胆は激しかった。

「他の教科はそれなりに成績取れてるのになぁ」
「家で手伝いしないからだ」
「お母さんでも、あんたの年のころは皮むき出来たよ」
「これじゃあ、嫁の貰い手もない」

今とは違い、「女は家事ができて当然」と言われていた時代だから、親は私の行く末を本気で心配した。

おそらく売れ残る。

直接言葉にして言われたことはないが、態度から敏感に感じ取ってしまうほど、親は危機感を募らせていた。母親は、私に家事を練習させた。とりわけ、料理は何としても習得させようとした。しかし、私の包丁を扱うセンスがなさ過ぎて、教える側の母親が挫折してしまった。

家事に強烈なコンプレックスを抱いたまま、私は21世紀を迎えた。大学も実家から通っていたし、就職後も一人暮らしをしなかったので、家事が出来なくても困ることはなかった。

ところが、私もとうとう結婚することになった。
どちらの親とも同居しないので、自分たちで家事をやらなければならない。生きるために、いよいよ家事から逃げられない状況に陥った。

あらかじめ家庭科で2を取った実績を夫に伝えていたので、家事を分担することは決まっていた。とはいうものの、あまりに苦手なものばかりだったので、夫に先に家事を選んでもらった。
残ったのは、料理。

「大丈夫。時間かかっても待つから」

と言われて、最初に作ったのはゴボウのきんぴら。夫からのリクエストだった。他のおかずはお惣菜でそろえたが、ゴボウのきんぴらだけは手作りを食べたいと言われたのだ。

新居のキッチンで、慣れない料理。
結局、ゴボウのきんぴらを作るだけで2時間かかった。

辛抱強く待ってくれた夫は、一口食べて「おいしい」と言ってくれた。お世辞ではなく、本当においしいらしい。私も食べた。ちゃんときんぴらの味がしたし、ゴボウも火が通っていた。

初めて作ったまともな料理に、思わず感動してしまった。

どうやら、料理のセンスは0ではない。と、うまいこと夫が褒めてくれる。すっかり夫の口車にのせられた私は、料理だけは頑張ろうと心に誓った。

ここからは血のにじむような日々だった。
と言いたいが、実は違う。ゴボウのきんぴらで自信をつけたのか、私の料理の腕はぐんぐん上がっていった。すぐに全品作れるようになり、お惣菜に頼ることは少なくなった。

確かに夫の言うとおり、私の料理センスは0ではないようだ。家庭科に関連するものすべてに拒絶反応を示していたが、ただ単にやる気の問題だったかもしれない。

新婚当初の愛の力か、それとも生きていくためだと覚悟が決まったからか。私の料理能力が、めでたく開花した。

それからというもの、すっかり料理が面白くなった。包丁の使い方も慣れれば何とかなるものだ。味付けは理科の実験みたいだし、火を加えて食材が変化していく様子は、観察していると楽しい。
何より、作った料理を喜んで食べてくれる夫の存在が大きかった。忍耐強く褒め上手の男性と結婚できたのは、私の人生を大きく変えたと言っても過言ではない。

子どもが生まれて、離乳食のおやつを作ったのがきっかけで、お菓子作りにも興味を持つようになった。とはいえ、もともと手先が不器用なので、盛り付けセンスを問われるおしゃれなケーキには手を出せない。生クリームを美しく絞るなんて、とてもじゃないけどできない。

そこで、技術を要しない焼き菓子を主に作るようになった。子どもたちや夫は、大いに喜んでくれた。二男に至っては、友達に話したところ羨ましがられたらしい。そういう話を聞くと、調子に乗りやすい私はますます頑張ってしまう。夫の遺伝なのか、子どもたちも褒め上手。私の気分を乗せるのはお手の物だ。

「お母さん、おやつおいしかったよ。また作ってね」

満面の笑みで言われると、素直に嬉しい。
家族が喜ぶ姿を見ると、また喜ばせたくなる。

家庭科の成績が2だったころの私からすると、今の私の姿は想像できなかっただろう。じゃがいもの皮むきで調理実習の足を引っ張っていた私が、まさか料理だけでなくお菓子まで手作りするようになるなんて。

苦手をイヤイヤ克服するのではなく、うまくいったところを褒めて伸ばしてもらったことが功を奏したようだ。料理が出来るようになったのは間違いなく夫のおかげだし、お菓子を作れるようになったのは子どもと夫のおかげだ。私が努力したというより、彼らが私の能力を開花させてくれたと言ったほうが正しい。本当に感謝している。

家族の笑顔を見たくて、今日も私は料理する。

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