妻とラーメンフェスデート。
「週末、子どもたちが実家泊まるって言ってるから、2人で出かけようよ」
声をかけると、妻は「え?」とだるそうな返事。
あれ?乗り気じゃないの?
「私、たまってる本をゆっくり読みたい。図書館に返す本も読まなきゃいけないから」
(ええ?お出かけより読書を取るの?)
妻が全然話に食いついてこない。
あまり出かけたくない様子だ。
しかし、こちらには絶対妻をYESと言わせる切り札がある。
よし、出すのは今だ!
「ゆにちゃん、栄のラーメンフェスに行くつも…」
「行く!絶対行く!!」
妻は無類のラーメン好き。
当然、週末に開催されるラーメンフェスのこともチェック済みだ。「面白そうだな」と言っていたのを、私は聞き逃さなかった。
だから、この話を出せば絶対に行くというと思った。
案の定、妻はすべてを聞き終える前に、前のめりに行くと言った。
思った通り。よし、満足。
ラーメンフェス当日。
私は家の掃除を済ませた後、リュックに家の缶ビールを忍ばせて、電車でラーメンフェス会場へ向かった。朝イチで通院の妻とは、フェス会場で待ち合わせすることになっている。
しかし、妻の病院が北海道物産展並みに混雑しているらしく、到着が遅れると連絡があった。
それならばとフェス会場で先に席を確保し、会場で売っていたポテトをつまみながら、妻を待つこと数十分。
妻が会場入り口で写真を撮っているのが見えた。
無事、妻と合流したところで早速あきれられた。
「これからラーメン食べるのに、ポテト食べたの?」
「うん。暇でお腹空きそうだったから。ゆにちゃんも少し食べなよ」
あまり気乗りしない様子で、妻は3本ポテトを食べた。意識がラーメンに向かっているらしく、家にいた時と目の色が違う。ポテトなんかどうだっていいようだ。
妻の視線は、ラーメンのブースをとらえている。
「今日は煮干しの気分」
気もそぞろに妻は行列に向かおうとしている。
それにしても、相変わらず妻は決断が恐ろしく早い。こういう時の決断力が、ずば抜けている。
対する私は、どのラーメンにするか決めかねているというのに。
「まだ、どのラーメンにするか決めてないから、お店の様子を見に行こうよ」
私は迷う時間も楽しみたいから、妻を連れて全部の店を見て回った。
「どれもおいしそうだね。迷っちゃう」
「そうは言っても、胃袋は一つしかないからね。おなかすいた」
「あっさり系もいいし、二郎っぽいこってり系もいいなぁ」
「私は煮干しのところ。おなかすいた」
まずい。
妻の話す言葉の語尾に「おなかすいた」がつくと、もうすぐイラついて黙るサインだ。妻はお腹が空くと恐ろしく不機嫌になる。当たり散らすことはないが、本当にお腹が空くと黙るのが妻だ。ああ、そろそろ決めないと。
「わかった、決めた。じゃあ、お互い並んでラーメンもらってこよう」
私が言い終わるのも待たず、妻は小走りでお目当てのブースへ向かった。
驚くほど動きにキレがある。
そこまで早く行きたかったか。
正直、お腹空いたのは分かるけど、そんな前のめりにならなくてもいいと思う。
半ば妻にあきれながら、私はお目当てのブースの行列に並んだ。
どのブースからも、胃をくすぐるような美味しそうなラーメンの香りが漂い、客の熱気と共にフェス会場に充満していた。確かに空腹状態でこの香りをかいだら、早く食べたいと思うかもしれない。ポテトで少しおなかに余裕のある私は、そんなことをぼんやりと考えていた。
それにしても私のブースは混んでいて、行列が進んでないようだ。
待ち時間が気になり始めたころに、妻に連絡してみた。すると妻のブースは回転が速く、もうラーメンを受け取るという。
「ラーメン伸びちゃうから、先に食べてて」
妻にそう連絡した後で、私は行列の先を見やった。まだかかりそうだ。
ふと行列の外に目を向けると、妻がラーメンを持って席に向かうところだった。とても嬉しそうだ。今日イチ機嫌がよさそうな顔をしている。
(嬉しそう。いいなぁ、もうラーメン持ってる)
そんな妻の姿を見てから10分ほどで、私もラーメンを受け取ることが出来た。席へ戻ると、妻が半分ほどラーメンを食べていた。無料でもらえるオールフリーを飲みながら、幸せそうだ。
2人のラーメン。
私のラーメンは二郎系の混ぜそば。
トッピング代を払って、豪勢に盛り付けてもらった。
一方妻は、宣言通り煮干し系の中華そば。
私はリュックに忍ばせた保冷ケースから、缶ビールを取り出した。
「持ってきたの!?」
妻の目がまんまるになった。
「うん。ラーメンで一杯やりたいからね。ゆにちゃんはラーメンに集中したいだろうから、ビール持ってこなかったよ」
唖然とする妻をよそに、私は混ぜそばをつつきながら、ビールを飲み始めた。思ったとおり、濃厚な味わい。冷えたビールとよく合う!
妻はそんな私を一瞥してから、黙々と自分のラーメンを食べていた。
私たち夫婦は、美味しいものを食べているときは黙る。目の前の食事と真摯に向き合うと、静まり返る。だがしかし、これは一応デートだ。会話なく食事するなんて、普段といっしょじゃないか。
「ねえねえ、そのラーメン一口ちょうだい」
妻のラーメンがなくなりそうだったので、慌てて声をかけた。私たちはどんぶりを交換して、お互いのラーメンを一口すする。妻のラーメンは煮干しの旨味が濃く、見た目よりガツンとした味わいだった。
どんぶりを元に戻して、黙々と食べ進める。
私より早く食べ始めた妻がラーメンを食べきって、無料のオールフリーをごくっと飲み干した。満足そうな顔をしている。連れてきてよかったと思った。
しかし、私はお腹が苦しくなってきた。
原因は分かっている。
ポテトだ。
食べなきゃよかった。
食べ終わったときには、ラーメンとポテトとビールで、お腹がパンパンになった。私の様子を心配した妻が、申し訳なさそうに言った。
「私が待たせたからだね。ごめんね」
いや、妻は悪くない。
ポテトに負けた私がいけないんだ。
私は、ラーメン前のポテトは控えることを固く誓った。
それにしても、大好きなラーメンでお腹が膨れた妻は機嫌がいい。フェス会場に到着した時の鋭い視線はずいぶんやわらぎ、ニコニコしている。
「楽しかったね」
どんぶりや箸などを片付けながら妻が言った。
その一言で十分。
楽しめたならよかった。
あとがき。
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今日は15時にもう一つ記事を上げます。
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