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「ゆる言語学ラジオ」出演にあたって

よもやよもやだ。自分が「ゆる言語学ラジオ」に出演する日が来ようとは。

ご縁の始まりは、現代日本語の過去表現「た」が扱われた回で、東北方言の過去表現について書いた論文を取り上げていただいたこと。YouTubeのおすすめに出てきた動画を、「へぇ、こんなテーマも扱うんだな」と思って観ていたところ、『日本語のテンス・アスペクト研究を問い直す2』が登場。「激オモロ論文だけ紹介する」という水野さんの言葉に続いて挙げられたのは、なんと自分の論文! 日本語のテンス・アスペクトについて今後考えていく上で重要な、面白い論文ばかりが収録された一冊。その中から、自分の論文が紹介されるとは思ってもみず。Twitterで論文を紹介していただいたお礼を伝えたところ、サポーターコミュニティで水野さんとトークをすることに。そこから、あれよあれよという間に監修者となり、ゲスト出演の話をいただいたという次第。

本当に、人生は何が起こるか分からない。だからこそ面白い!


ことばの面白さ、奥深さを伝えたい

ことばについて肩肘張らず、楽しく話し、その魅力を広めている「ゆる言語学ラジオ」。素晴らしいですね。微力ながら自分もお手伝いがしたい。そう考えたことが監修者を務めさせていただくことにした理由です。また、水野さんが過去の動画(「象は鼻が長い」の回)の重大な誤りについて誠実に謝罪しているのを見て、頑張ってほしいと思ったことや、水野さんと堀元さん、サポーターの皆さんが楽しみながら、あらゆる方向に学びを深めている姿がいいなと感じたことも理由です。

監修者として、動画のチェックや質問に対する回答をしたり、今回のゲスト出演に向けて台本を書いたりする中で、自分自身でも、一般の人達にことばの面白さや奥深さを伝えたいという思いが強くなっていきました。いずれは、そのような内容の本を書きたいと考えていますが、まずはnoteを始めて、記事を書いていくことにします。

手始めに、今回のゲスト出演動画について補足やこぼれ話をする記事を書いていきます。これから出演動画が何本か公開される予定ですが、振り返ってみると、収録の際に話した内容には補足が必要と思われる部分が沢山ありました。まず、収録では、できるだけ噛み砕いて分かりやすく話すよう努めましたが、中には理解が難しい部分もあったと思います。また、分かりやすさを優先したことで、厳密さを欠いた言い方をしている部分もありました。それから、これはある程度予想していましたが、脱線に次ぐ脱線で、時間が足りなくなった部分もありました(準備していった台本の内容の半分も話せず)。例のごとく、水野さんと堀元さんが散らかしまくる上に、僕も大の脱線好き。授業アンケートで、「先生の話はとても面白いのですが、脱線が多すぎて授業が全然進まないのが気になります」というようなコメントをよく書かれます。そんな面子で話しているのだから、脱線しない方が嘘というもの。だけど、それがよかったと思います。予定調和はつまらない。

というわけで、これから、動画が公開されるのに合わせて補足記事を上げていきますので、ご覧いただければ幸いです。ただ、それは次の記事からということにして、以下では、ゲスト出演動画全体を通して目指したことについて話しておこうと思います。今回、自分の中でテーマにしていたのは、「文法の楽しさを知ってもらう」ということです。特に、下記の三つのことを伝えたいと考えています。

①文法って面白い!

「トシ、サッカー好きか?」とは、往年の名作マンガ『シュート』のセリフですが、「文法好きか?」と聞かれて「はい」と答える人は、まずいないはず。むしろ、苦手だという人が多いでしょうね。それどころか、忌み嫌っている人もいるのでは。

その大きな原因は、国語や英語の授業で勉強した「文法」にあると思います。学校で教えられている「文法」、実は整理や説明があまりうまくいっていないところもあります。そのため、理解できず、つまずいてしまう人が多いのも無理はありません。ですが、なぜそうなっているのか、先生に質問してみても、「これはそういうものだから憶えるように」と言われてしまう。そんな経験、皆さんにもあるのではないでしょうか。理由も分からないまま憶えなさいと言われたことに対して、興味は持てないですよね。

このようなことから、教科書や語学書に書かれた規則で憶えなければならないのが文法だと思っている人も多いでしょうが、ちょっと待ってください。他の言語ならともかく、こと日本語に関して言えば、我々母語話者は、そのようなものを使って学ばなくても、日常生活で特に不自由なく話すことができている。皆さんは既に日本語の文法を知っているんです。ただ、知らず知らずのうちに使っているため、いざそれについて考え、説明しようとしても、なかなか難しい。

「ゆる言語学ラジオ」の書籍『言語沼』に「言語の面白さは、フェルマーの最終定理と同じ」という言葉が出てきます。結論は分かるのに、そうなる過程が分からない。文法は、その最たるものですね。我々の頭の中にあり、文を作る際、無意識のうちに従っている規則。無意識に意識を向けることで、それが捉えられます。文法は「暗記」するものではなく「発見」するものであることを伝え、その楽しさを味わっていただく。これが今回の何より大きな目標です。

水野さんが文法の話をしようとすると、「つまらなそう」と言っている堀元さん。ですが、物事について整然と分類したり、背後に潜む法則性を見つけたりすることを面白がっている彼のこと。きっと文法のことも好きになってくれるはず。今後、文法の話が出た時に、堀元さんが「文法? 待ってました!」となるようにする。これが裏テーマです(笑)。

文法は面白いもの。苦手意識を持つ必要はありません。文法はともだち。こわくないよ。あ、これは別のサッカーマンガでしたね(笑)。

②同じ日本語でもこんなに違う!

僕の専門は現代日本語の文法ですが、特に方言の文法に関心があります。「方言に文法なんてあるの?」そんな声が聞こえてきそうですね。「方言の文法も標準語と変わらないんじゃないか。」そう考えている人が多いと思います。そのため、方言の話題としては、語彙面やアクセントなどの音声面のことが取り上げられる場合が多く、文法面のことはあまり話題に上らない。「ゆる言語学ラジオ」の監修を務めることになる前に、「ベスト方言グランプリ」という企画の公開収録に参加した時も(申し込んだら、何と偶然当選!笑)、参加者が出身地の“推し方言”を持ち寄ったのですが、ほとんどが語彙的な表現。それで、自分は紹介する予定だった文法的な表現を、他の方に合わせて急遽語彙的な表現に切り替えたということがありました。

だから、今回のゲスト出演のお話をいただいた時、方言の文法の話をしようということは、最初から決めていました。実は、方言の文法は標準語の文法とかなり異なっています。

また、よく知られている通り、方言には古典語に由来する表現が多く残っています。古文についても苦手意識を持っている人が多いと思いますが、その特徴を受け継ぐ方言と一緒に見ていくことで、興味を持っていただけるのではないでしょうか。

方言に古典語。同じ日本語の中にも、地域と時代によって様々なバリエーションが存在します。日本語の多様性について知ること自体、とても楽しいですが、それだけにとどまらず、標準語と方言、現代語と古典語の比較というレンズを通して眺めることで、日本語、ひいては言語のより本質的なところに迫ることができる。その楽しさを味わっていただくのも今回の目標です。

③身近にデータが溢れてる!

監修者として動画に出演するのは4番目ですが、日本語の記述的研究をしている者としては初めての出演となります。身近な日本語の現象を取り上げ、丹念に観察していくタイプの研究者ならではの話題を。そう考えました。マスメディア、ネットや街中など、日常生活のいたるところで、面白い用例が次々と目に、耳に飛び込んできます。それらを沢山紹介しながら話をし、身の回りのあらゆる言葉が学びの材料になることを知っていただこうと。

身近な言葉を観察するということでは、方言についてもそうですが、僕はその他に、マンガや映画・ドラマのセリフに気になる言い回しがあると、ついそれが出てくるに至った理由に考えを巡らせてしまいます(職業病ですね、笑)。冒頭からここまでお読みになった皆さんは、もうお気づきのことと思いますが、僕は大のマンガ好き。学生時代、『週刊少年○○』『ヤング○○』『ビッグコミック○○』あたりのマンガ雑誌は全て読んでいるほどでした(もちろん買っていたものだけでなく、行きつけの食堂などで読んでいたものも多いですが)。その頃に目に留まったセリフから、日本語について考えたことも色々とあります。今回の動画にも、マンガのセリフが用例として登場しますよ。それにとどまらず、言語に関する話をマンガでたとえているところも!?

また、CMや雑誌、ポスターなどの広告コピーにも関心があり、面白い用例を集めています。コピーライターは、少ない文字数で印象的なフレーズを書くため、文法規則から外れた表現や複数の意味に解釈される表現をあえて使って、意味の広がりを生み出しています。広告コピーにどんな表現が使われ、それがどんな効果を持っているのかを考えることは、とても楽しいですね。今回の動画の中にも、水野さん、堀元さんと一緒に広告コピーを読む回があります。

それから、今回は残念ながら扱えませんでしたが、歌詞についても用例を収集し、考えています。歌詞も詩的な言い回しを使ったり、言葉をリズムにうまくはめようとしたりすることで、様々な興味深い表現が生まれます。それらはレトリックだけでなく、文法について考える上で貴重な材料となることも。またどこかでそんな話もできればと思います。

これらをはじめ、言語について考えるきっかけは、皆さんのすぐそばに転がっています。他者との会話で交わされた言葉はもちろん、自身の独り言、心の声…。我々人間の営みは、言語と切っても切り離せません。コミュニケーションはもちろんのこと、思考も言語を使わずに行うことはできない。コスパを重視する考え方は好きではありませんが、言語について考えることほど、コスパのいい楽しみはないと思います。お金は全くかからない。数学は紙と鉛筆があればできると言いますが、何なら紙と鉛筆さえなくてもいい。そんなことを知っていただくのも今回の目標です。

キーワードは「コネドる」

以上三つのことを知っていただく上で大切にしたいのは「コネドる」。「ゆる言語学ラジオ」のミームに「コネドみ(コネクティング・ザ・ドッツみ)」というのがあります。スティーブ・ジョブズの有名な演説に由来する「既存の知識同士(点と点)が繋がる感覚」を意味する言葉。それを動詞化したものです。

ことばについて考えている中で最も気持ちいい瞬間の一つは、今まで関係すると思っていなかったこと同士が繋がった時(ことばに限らず、あらゆる物事に当てはまりますね)。僕は、その時の感覚を「同じ景色が見えた!」と言っています。異なる場所で同じ景色が見えた時の快感。それを皆さんにもぜひ味わっていただきたいと思います。

この考えは、過去の動画を観ていた際に感じた次のようなことと関わります。僕の前に出演された“初期メン”のお三方は、以前から「ゆる言語学ラジオ」のリスナーで、監修者を募る水野さんの呼びかけに応じて集まった研究者。対して僕は、チャンネルの存在こそ知っていたものの、「た」の回で自分の論文を取り上げていただくまで、幾つか動画を観たことがある程度でした。それで、今回のゲスト出演に向けて、動画を最初から一通り見ていったのですが、その中で、「あ、ここで終わっちゃうんだ」「ここを掘り下げたら、もっと面白くなるのに」というところが沢山ありました。その伏線、回収します! 過去回で取り上げられた話題が他のことと思いがけない形で繋がっていきますよ。お楽しみに。

ですが、ここで一つ大事なことがあります。一見無関係なこと同士の意外な繋がり。それについてただ話を聞いただけでは、面白さは半減。自分で答えに辿り着いてこそ、面白さを堪能することができる。普段の大学の授業も、そのことを常に念頭に置いて行っています。だから、今回も僕からの説明はなるべく控え、ヒントを出しながら、水野さんと堀元さんが自ら考えて理解できるような形で話を進めていくことを意識しました。皆さんも一緒に考えてみることで、動画をさらに楽しんでいただけるのではないかと思います。

動画をご覧になった方は、ぜひ感想や質問をお聞かせください。よく「つまらない質問で恐縮ですが…」という人がいますが、つまらない質問などないというのが僕の考えです。どんな質問を受けても、話題にしている事柄についてしっかり理解していれば、そこから意味のある話に繋げていくことができる。たとえ少々ずれた質問や誤解に基づく質問だったとしても、それに至った理由を考えることで得られるものがあります。そのような質問が来た時こそ、論者の腕の見せ所。だから、全ての質問が“良い質問”です。どうぞ遠慮なく質問していただければと思います。

いざ「た」沼へ!!

さて、まずはこれから2回にわたり、【カタルシス方言文法】と題して話をします。「ゆる言語学ラジオ」に【カタルシス英文法】というシリーズがありますね。そこで繰り出された水野さんの得意技「色々なことを一つの本質で括る」。それを方言の文法についてもお見せしたいと思います。

扱うテーマは、やはりこれしかないでしょう。僕が沼にどっぷりハマっている現代日本語の過去表現「た」! 僕と「ゆる言語学ラジオ」をコネドってくれた論文を取っかかりにして、話を展開していきます。東北方言というレンズを通して眺めることで、複雑怪奇な「た」の意味が一体どのように整理されるのか。わくわくしますね。

準備ができたら、第1回の動画をご覧ください。

【「た」と東北方言《前編》】

観終わった方は、第1回についての補足記事の方へ。

【「た」と東北方言《前編》補足】

それでは出発しましょう。「カタルシス方言文法」スタート!!

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