【連載第3回】フィットネス疲労理論とACWR概論(前編)
大学や高校のスポーツチームが、選手のけがを防止しチームのパフォーマンスを最適化するために、RPEなどのデータをどう活用したらいいのか? ーー 連載第3回は、選手のコンディショニングを考える上で参考になる「フィットネス疲労理論」の基本的な考え方やメカニズムについて(前編)。また、けがのリスク軽減を図る上で利用されはじめているトレーニング負荷のモニタリングの概念(ACWR)について(後編)、ストレングス&コンディショニング(S&C)専門の臼井智洋コーチに解説していただきます。
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1.トータルコンディショニングと包括的プランニング
ーー 選手のコンディショニングを考える上で、トレーニングの負荷と疲労との関係が気になります。そこで参考になるのが「フィットネス疲労理論」と言われていますが、これを理解するにはどういったところから入っていけばいいでしょうか。
臼井コーチ :まずは、コーチやトレーナーがアスリートをサポートしていく上で、前提となる二つの考え方について説明したいと思います。
一つ目は、トータルコンディショニングという考え方です。これは、アスリートの身体の状態や、どのような練習をしているかをコーチやトレーナーがしっかり把握して、包括的にサポートしていくアプローチを指します。
どの競技のスキルコーチやトレーナーにも、このトータルコンディショニングのアプローチが現在求められています。そのためには、RPEやACWRなどのデータを可視化することが必要です。
二つ目は、コーチやトレーナー、そしてアスリートに関わる全員が連携したチームとなって、選手に対するプランニングをしましょうということです。行き当たりばったりのトレーニングでは選手に不必要なケガを負わせる恐れがあり、パフォーマンスの向上を妨げる可能性もあります。
どのような練習をどれくらいの量で行うかを考える際には、RPEやACWRなどの数値を基準にすることができます。それらを基に、練習期間や試合での負荷を予測し、その予測に基づいて準備することが重要です。そういったデータに基づいてプランニングされた練習を、私たちがアスリートに提供することが大事だと思います。
■ピリオタイゼーション:効果的な年間トレーニング計画の策定
ーー 選手に関わる全員がチームとなって行う、プランニング作成の仕方やポイントなどを教えてください。
臼井コーチ:はい。プランニングですが、トレーニングにおいては年間計画のことをピリオダイゼーションと呼んだりします。作成する際には、まず年間サイクルを設定し、次に月間、週間サイクルを決め、マクロからミクロへと段階的に計画を組み立てていくというのが基本になります。
私は上記のような表を作成しています。これは大学ラグビーチームの年間計画の例ですが、横軸は1週間ごとのサイクルになっています。例えば、オレンジと黄色のタイミングが大会というときに、それに合わせてプリシーズン、試合期、オフ/個人練習、というようにサイクルを組みます。
縦軸にはタックルやチーム/ディフェンスといった競技スキルの練習、ウェイトトレーニング、コンディショニングトレーニングなど、異なる練習を全部並べ、それぞれの練習でどの期間に何にフォーカスするかというのを年間で見ていきます。
またここには、LMH(Low/Medium/High)の3段階で計画負荷というのを組み込んでいます。ざっくりと概念的に書いていますが、例えば週の合計(トータルロード)がどこで、「ここの週をHにしましょう」、「Hが2週続くと危ないのでHの翌週はMにして、その次の週はLにしましょう」ということをきちんと書いていくといった感じです。
ーー ピリオダイゼーションの考え方は一般に浸透していますか?
臼井コーチ:日本でもかなり一般的になってきています。ただ、実際に現場で、「どういった時期にどういう負荷をかけるか」、または「どういった練習を重点的にやるか」という計画をきちんと作成して実行しているチームは、それほど多くないと思われます。
ーーピリオダイゼーションはそれぞれのチームのトレーナーが作成するのでしょうか?
臼井コーチ:この段階でトレーナーとコーチがしっかりと連携することが重要です。トレーナーはトレーナーで、コーチはコーチで別々に計画を立てているというようなケースがよくあります。そうすると、多くの場合、トレーナーが負荷をかけたい時期とコーチが負荷をかけたい時期が無理に重なってしまったり、ピリオダイゼーションからずれてしまうことで選手に負荷が集中してしまい、その期間にケガをしてしまうといったことが起こります。
また、トレーナーが負荷をかけた後に休息期間がなく、すぐにコーチが負荷をかける時期に入ることがあります。これにより、気づけば選手が何カ月も連続して高負荷にさらされてしまったなどというケースもあります。このような状況を防ぐためには、コーチとトレーナーの緊密な連携が特に必要です。
> コーチとの連携についての記事はこちら
2.フィットネス疲労理論の活用
ーー ピリオダイゼーションが出来、プランニングをしっかり見ていくとなったときに、次に理解すべきことは何になりますでしょうか?
臼井コーチ:はい、次に来るトピックとしてフィットネス疲労理論(または、フィットネスファティーグ理論)の理解が必要になってくると考えられます。
これは抽象的な概念であり、明確な基準は存在しないのですが、以前から知られている「超回復理論」に似ています。超回復理論は、簡単に言えば「トレーニングによって疲労が一時的に蓄積されるものの、疲労が解消されるころに超回復が生じ、選手のコンディションが向上する」という理論です。
「疲労」という要素をもとにした一元的な超回復理論に対し、その後に出てきたのがフィットネス疲労理論です。文字通り「フィットネス(体力)」と「ファティーグ(疲労)」という二つの要素をもとにした二元的なアプローチです。
例えばトレーニングの後は、その効果としての「フィットネス」が長く持続していくというプラスの側面がある一方で、「疲労」の蓄積というマイナス面が働きます。その後で疲労が減少するに従い、「プリペアドネス」(preparedness=準備度合い)という、体が発揮できる体力レベルが向上します。
疲労の減少するスピードよりもフィットネスの効果が長持ちするため、練習の効果は持続しますが、疲労がなければさらに高い体力レベルを狙うことができます。つまり、プリペアドネスがより高くなります、という考え方がフィットネス疲労理論になります。
具体的な数字がないため少しわかりにくいかもしれませんが、この概念は皆さんも感覚的に理解できるものだと思います。例えば、激しいトレーニングの翌日に体が非常に重く感じるが、その疲労が抜けると以前より動きやすくなるといった体験は、多くの人にあるのではないでしょうか。
別の例を挙げると、ゴルフの打ちっぱなしでたくさん打った翌日は疲労が溜まります。2日連続で行くと上手くいかないこともありますが、少し休んでから再び打ちっぱなしに行くと、調子が上がりスイングも良くなるという経験があるでしょう。そんな概念を説明しているものになります。
■ピーキング戦略:フィットネスと疲労管理を最適化するテーパリング手法
ーー プリペアドネスとフィットネス疲労理論に基づくと、試合の準備にはどういう戦略を立てるとよいのでしょうか。
僕らが狙いたいのは、プリペアドネスが上がるタイミングに試合を持っていくということです。
例えば試合直前に負荷をかけすぎてしまうと、疲労が抜けきらない状態で試合を迎えてしまい、良いパフォーマンスが期待できません。一方で疲労が抜けきった状態で試合に臨むことだけを考えるなら、試合前にたくさん休めばいいのではないかという話になります。そうなると今度は、フィットネスや練習の効果自体が全く蓄積されていない状態なので、思ったようなパフォーマンスやプリペアドネスは期待できません。
したがって、単に休息をとるだけではなく、過度に追い込むことも避ける必要があります。トレーニング効果は持続しつつも、良い具合に疲労が抜けたタイミングをいかに試合に持ってくるかを狙うのが望ましく、それを概念的に説明したのがフィットネス疲労理論になります。
ーー ピーキングに向けたベストタイミングという最適解を狙うということですね。
臼井コーチ:はい。最近ではピーキングの方法の一つとしてテーパリングという手法がよく使われます。大会直前に向けて練習を調整していくやり方です。
テーパリングにおいてはしばしば、練習の負荷を徐々に下げることが推奨されますが、近年は負荷の落としすぎも良くないと言われており、特に練習の強度はしっかり維持しましょうという考え方になっています。
極端な話、疲労をためたくないから、今まで走ってやっていた練習を歩いたりジョギングでやればいいのかというと、そうではないですよね。いい準備をするために、強度は維持しましょうというのが一つのポイントです。
ではどうやって負荷を落とすかというと、量を少しずつ減らしていくのが基本と言われています。そして、練習頻度も減らしすぎないようにすることです。例えば、それまで週5日で練習していたのに、テーパリングして疲労を落としていきたいからと、試合の1週間前に急に練習を週3日間にします、といったことはやめましょうということです。
ーー試合に向けたテーパリングの活用法とポイントを教えてください。
臼井コーチ:フィットネス疲労理論に基づいたテーパリングの手法は、練習計画の立案において現場でも広く用いられ始めています。そこで大事なのがRPEと時間をきちんとモニタリングすることです。RPEや時間を日々モニタリングしていると、「RPEは普段の練習と同じぐらいのRPEにしましょう。でも練習時間は今まで100分やってたものを、80分や70分に減らしていきましょう」といったように、データをしっかり可視化し、それを練習計画に落とし込んでいけるようになっていきます。
試合が近づきRPEを確認する際に、試合前の練習だからといってRPEが計画よりも極端に落ちてしまってるようなことがないかどうか。逆にRPEもしくは練習量を少し落としたかったタイミングなのに、適切に落ちてない、または計画したところまで落ちてない、などといったことが見えるようにしてあれば、調整もききます。そういう意味でも、数字のモニタリングは重要になってきます。
ーー 適切なタイミングにピークを持っていくためには、テーパリングの計画が大事で、それにはRPEのモニタリングが有効ということですね。
臼井コーチ:はい。今話したような内容が非常にわかりやすく書かれている本があります。参考文献として紹介させていただきます。
> 『フィットネス疲労理論とACWR概論(後編)』に続く
後編では、ACWR概論の新旧の考え方、スポーツ現場での応用、トレーニング管理にどう影響するか等についてお伝えします。
文・久保田久美
編集・翻訳者/サポートスペシャリスト
Sunbears マーケティングチーム
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