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『スポーツ国家アメリカ』から見えてくるもの

読書の秋、たまにはSNSをオフにして書籍に没頭してみませんか。

最近読んだ本『スポーツ国家アメリカ』(鈴木透 著)をお勧めします。出てくる主な競技は米国4大プロスポーツの中でも、カナダ発祥のアイスホッケーを除く、野球、バスケットボール、アメリカンフットボール。人種問題の章で陸上競技とボクシング、政治的現象に絡めて少しだけプロレスに関する記述なども出てきますが、スポーツを通してアメリカという国が理解できる内容です。

フットボール(サッカー)やクリケット、ラグビーなどイギリス発祥のスポーツは世界中で人気があります。でもそういったスポーツが、アメリカではややマイナーなのはどうしてでしょうか? 逆に野球やアメリカンフットボールなどのアメリカ型近代スポーツはなぜグローバル化しなかったのでしょうか? また様々な人種を抱える国アメリカで、スポーツ界の人種差別はどういう経緯をたどってきたのでしょうか? 地域や大学、メディアや女性のスポーツとの関わりは?

こういった疑問が、本書ではアメリカの歴史的背景や、資本主義と民主主義の両立、工業化や近代化を経て発展してきた社会構造の変化などを通じて解き明かされていきます。

スポーツと戦争

例えば、第Ⅰ部「アメリカ型競技の生い立ち」では、野球が普及したきっかけに南北戦争(1861-1865)があったこと。アメリカンフットボールやバスケットボールはその組織的攻撃や計画性、スピード感から、第一次世界大戦(1914-1918)と親和性が高かったことなど、スポーツが戦争に密接に関係していたことが指摘されています。

また、アメリカンフットボールが大学を中心にいわばエリート層に広まっていった一方で、バスケットボールはYMCA(キリスト教青年会)が冬場の運動不足解消のためにレクリエーションの要素を取り入れた競技を考案して誕生。特別な用具や広大なフィールドも不要なことから、工業化の波で当時欧州から大量に流入していた移民労働者層、さらには貧困にあえいでいた都市部の黒人層など、非エリート層に広まっていきました。

つまり、最初に広まった社会階層を反映して、異なる人たちに普及していったという経緯は、単に二つの競技のルールの違い以上に、社会格差や移民国家ということを改めて考えさせられるという点で興味深いと思います。

「野球が広まる重要な契機は、1861年に始まった南北戦争だった。戦争は五年に及んだが、毎日戦闘をしていたわけではなく、両軍のにらみ合いが続くだけの局面が相当にあった。戦闘のない日には兵士の娯楽が必要だった。各地から招集された兵士の中に野球選手がいたことから、健康維持と気晴らしの一石二鳥をかねて、前線の各地で野球が広まった。」

第1章 南北戦争と国技野球の誕生(33ページ)より

厚い人種の壁

また、アメリカ社会を語る上で避けて通れないのが人種問題です。南北戦争中にリンカーン大統領による奴隷解放宣言(1862年)が出された後も、アメリカは「分離すれども平等」という法原理の下、人種差別は合法的に存続していました。

陸上競技の世界では、黒人選手が「アメリカ」という国の威信をかけて闘ったのは、1936年のベルリンオリンピックが最初だそうです*。ジェシー・オーエンズ(1913~80)が100メートル、200メートル、走り幅跳び、400メートルリレーの4種目で金メダルを獲得し、アーリア人種の優位性を見せつけたいヒトラーに対抗することができました。

それでも試合が終わればただの黒人扱い。結局は国に利用されただけという、いわば見世物的な要素はなくならず、人種の壁を崩すには至りませんでした。そこにアメリカの不寛容さがうかがえると著者は指摘しています。

街づくりとスポーツの関係

第Ⅱ部第6章「地域の公共財としてのスポーツ」では、大都市圏の街づくりにスポーツが文化的公共財として活用されてきた経緯が書かれています。たぶんこれを読んだ後は、アメリカ国内で4大プロスポーツリーグのある都市はどこか、あなたも調べたくなるはずです。

本書が取り上げている例は「シカゴ」。皆さんもシカゴがどこの州かは知らなくても、シカゴという都市名は知っていますよね。

シカゴのダウンタウン(撮影:Muzammil Soorma氏、unsplashより)

19世紀後半の西部開拓期に、陸・水・空の要衝としてNYに次ぐアメリカ第2の都市に発展していたシカゴ。五大湖工業地帯の中心として産業は発展していたものの、文化が不足していました。では文化的公共財を整備しようじゃないかと資金を投じたのが、財界の大物やビジネスエリートたちでした。シカゴ大学、シカゴ美術館、シカゴ交響楽団、そして後にリグレー・フィールドと呼ばれる野球スタジアム(現カブスの本拠地)が次々に創設されたそうです。

そんなシカゴも、今では4大プロスポーツリーグすべてのフランチャイズとなっている街です。MLBではカブスとホワイトソックス、NFLではシカゴ・ベアーズ、NHLはシカゴ・ブラックホークス、NBAはシカゴ・ブルズ。このほかサッカーMLSのシカゴ・ファイアーなど。これだけ揃えば、スポーツ好きでなくとも地元民ならどれかのチームを応援したくなるはずです。

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このほか、近年になってフランチャイズ化したプロスポーツが、企業としてどのような経営努力を行っているか。スポーツビジネスと深い利害関係で結ばれているメディアの影響力。プロレス好きのドナルド・トランプの政治運営手法についてエンターテイメント的要素との類似点を挙げた章なども、それぞれ読みごたえがあります。

最後に

本書は、アメリカが1776年の建国から現代までを通じ、どのように世界一のスポーツ大国になったのか、そこにはどんな社会背景があったのかということを教えてくれます。知っているようで知らないアメリカについて、スポーツを通じて「ああそういうことだったのか」という発見を楽しめる一冊です。

『スポーツ国家アメリカ』 鈴木透著(中央公論新社)
■目次■ 
序章  スポーツの近代化とアメリカ
第Ⅰ部 アメリカ型競技の生い立ち
 第1章 南北戦争と国技野球の誕生
 第2章 科学的経営管理の手法とフットボールの「アメリカ化」
 第3章 宗教・移民・バスケットボール
第Ⅱ部 スポーツの民主化と社会改革
 第4章 人種の壁への挑戦
 第5章 女性解放とスポーツ
 第6章 地域の公共財としてのスポーツ
第Ⅲ部 スポーツビジネスの功罪
 第7章 資本主義下のスポーツ倫理
 第8章 メディアが変えるスポーツ
 第9章 アメリカの夢を支える搾取の構造
第Ⅳ部 スポーツと社会の新たな共振
 第10章 アメリカ型競技の孤立主義とパックス・アメリカーナ
 第11章 記憶装置としてのスポーツイベント
 第12章 トランプ現象とプロレス
 終章  スポーツ・アメリカ的創造力・近代社会

注記
* ボクシング界では、19世紀末に現れた黒人のヘビー級ボクサー、ジャック・ジョンソンが1908年に白人のタイトル保持者に勝利し、世界王者となっている。

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