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【インタビュー】臼井コーチに聞く 第2回 S&Cの現状と魅力

S&C(ストレングス&コンディショニング)の専門家として活躍中の臼井智洋コーチへのインタビュー第2回では、RPEなどのデータを取り入れたトレーニングの現状を日米比較。また臼井コーチにとってのコーチングの魅力、S&Cに必要なスキルなどをお伝えします。(第1回はこちらから ↓↓↓)


日米の違いについて

ーー第1回では、RPEやACWRなどのデータを導入したトレーニングは「一番簡便な方法としてこれから普及していくのでは」というお話でした。日本ではまだこれからということですね?

臼井コーチ:日本では一般的というほどはまだ普及していないのが現状かなと思います。大学のアイスホッケー界では、おそらくほとんどのチームが導入していないと思います。もしかしたら明治大学や中央大学とか上位のチームはやっているかもしれないですが。

他の競技だと、大学生レベルでもラグビーやサッカーでは少しずつこういったデータも使われ始めていると思います。アイスホッケーよりは少し進んでいるかもしれないですね。

一方で、ラグビーのトップレベル(今は『リーグワン』)ではデータ活用を日常的にやっています。RPE以外にも、特に屋外のスポーツでGPSを使って客観的な運動量をモニタリングしながら、主観的なものと客観的なものを組み合わせながら評価するといったことが進んでいます。

ーー一番進んでいると思われる米国の大学やプロレベルの現状は?

臼井コーチ:海外でも使っているチームと使っていないチームがあります。RPEやsRPEのデメリットというのが一つありまして、選手が自らの主観を用いてデータ化する過程でどうしても信頼性に欠けてしまう。そのためRPEを軸に使うということに抵抗を持つチームもあるのが実情です。

例えば北米の大学やプロレベルになると、もちろん使っているチームもありますが、機材を使ったりして正確なデータをとるということも盛んに行われているので、RPE以外の心拍数であったり室内用の運動量をモニタリングするシステムなど、各種のモニタリングが日本以上に進んでいると思います。

ーー仮に1~10で言った場合、米国が10だとすると日本は今どのレベルでしょうか?

臼井コーチ:難しいですね。正直10のレベルでやっていらっしゃる日本人コーチの方も沢山いると思います。けれども、今日本ではトップレベルにはS&Cコーチがいる競技が増えてきていますが、大学・高校レベルでみたらそういったコーチがいないチームが多い。そういう意味で、活用されている規模感という観点からみると米国の半分、つまり5点もいかないのではないかなと思います。ただ国内で活躍されているコーチを見ると、その方々のレベルは決して劣らないのではないかと思っています。

一つ違いがあるとすればスポーツマーケットの大きさです。どうしてもチームの予算が全然違うと思います。米国の大学以上のチームだとお金をかけてテクノロジーを駆使してやっていける。そういう点では日本は少し弱いのかなという印象があります。

ーー課題は予算ですね。

臼井コーチ:やはり予算をどう確保してくるかといった点はS&Cに限らずおそらく日本のスポーツ界全体の課題だと思います。またS&Cコーチという観点でいうと、今はコーチの絶対数が少ないというのが現実問題としてあります。

どこから解決したらいいのか僕も全くわからないのですが、色々なレベルや競技種目で少しずつ国内でもS&Cコーチやトレーナー、もしくはスキルのコーチが必要と感じていらっしゃるチームや監督さんが増えてきていると思います。でもコーチを呼びたいけれども予算の確保がなかなかできないと悩んでいるチームが多いのが現状だと思います。

どのチームも予算の確保が悩みの種(写真はイメージ)

S&Cコーチングの魅力

ーー臼井さんがRPEのシステムとかを知ったきっかけは?

臼井コーチ:ラグビーのトップリーグのチームもしくは代表チームですね。そういったチームはRPEのシステムを10年くらい前からやり始めていると思います。

ーーご自身が選手だったときも使われましたか?

臼井コーチ:実は自分自身は選手をやったことがなく、学生の頃から学生トレーナーという形で早稲田のラグビー部に入っていました。早稲田のラグビー部がRPEのシステムを使い始めたのがこの5~6年の間です。当時はGoogle Formを使い選手たちに入力してもらったデータをコーチが並べ替えて分析するといったようなところからスタートしました。

ーーS&Cコーチを目指そうと思ったきっかけは何ですか?

臼井コーチ:僕は大学に入るときから漠然と「トレーナーになりたい」「スポーツに関わる現場にいたい」という思いがありました。最初はそれがS&Cの分野なのかメディカルなのかもあまりわからない中で、早稲田のラグビー部に行って勉強させてもらい、だんだんと、ケガを防止してパフォーマンスを上げるといったことに重きを置いてやっていきたいなと思いはじめました。卒業してから徐々にS&Cの方向にシフトしてやらせていただいたといったところですね。

ーー実際にS&Cコーチになってみて、いかがでしたか?

臼井コーチ:色々なデータを使ったりアプローチをすることでパフォーマンスが上がっていくところに本当に面白さを感じます。一方で、対人(ひと)、対選手と接する職業なので、データだけでは判断できません。様々な選手がそれぞれの考えや能力を持っているので、それを選手と一緒に考えることでより高いところに成長させていく。そこが非常にやりがいのある職業だなと思っています。

S&Cコーチに必要なスキル

ーーS&Cコーチに必要なスキルとはどういうものでしょうか?

臼井コーチ:これは本当に難しいですが、まず人間の体の解剖学だったり、運動学、生理学といったものは理解しておかなければいけないと思います。また、最低限データを扱うことができるスキルというものも必要です。競技にもよりますが、S&Cコーチの役割はとても幅が広いです。選手の身体を強くして、速くして、動き続けられるようにして、場合によっては大きくして……。それがシーズンを通して維持もしくは成長できるようにするために様々なアプローチをしなければいけない。正直、関われば関わるほど、どんどん求められる能力が増えていく。あれもこれも出来るようにならなければいけない、というように。だからこそ面白いと言えるのですが。

あとは、どうしても一人ではできないポジションだなと思います。というのも、ケガのことに関して言えばメディカルスタッフと一緒になって考えなければいけないですし、トレーニングの組み立てということでしたら監督やコーチと考えなければいけない。また、たとえば体重とか体脂肪率などの体組成に関していうと栄養士さんと一緒にやらなければいけなかったり。チームの中で色々な方々とタッグを組んでやっていかなければいけないといった点で、バランスがしっかり取れる、コミュニケーションが取れるということもすごく大事なスキルだと思います。

一方で、様々なポジションに特化したコーチがいます。スピードを高めることを専門的にやっているコーチ、コンタクトプレーに対する強さに特化したコーチ、ベースとなるウエイトトレーニングに特化した方もいらっしゃいます。本当に特色のある色々な方がいらっしゃいます。

遊びや競争によって子どもたちの身体能力を引き出す(出典:Bring Up アカデミー)

ーー臼井さんは現在、Bring Up アカデミーの仕事がメインですか?

臼井コーチ:割合的にはBring Upアカデミーの割合が一番大きいです。ですので小・中学生のサポートがメインになっています。

ーーS&Cというのは小・中学生から大事ですか?

臼井コーチ:すごく大事だなと思っています。ただ、小・中学生で筋力を高めるような、いわゆるストレングスの練習をするかと言ったらそれは必要ないと思います。それよりも、色々な動作を習得する期間であったりスピードが高まったりしていく時期なので、さまざまな身体動作をやってもらったり、自分の体をしっかり支えられるようにする、大きく動かせるようにする、ということにフォーカスしながらやっています。特定の動きを繰り返してやるといった大人がやるようなトレーニングのイメージというよりは、遊びながら、競争をしながら、色々な動作を引き出すというようなところを目指しています

ーー子供だと伸びる早さも目に見えて分かるのではないでしょうか。

臼井コーチ:そうですね、できないというよりはやったことがないから最初できないだけであって、少しやってみると皆本当にどんどん出来るようになっていくことが多いです。だから小・中学生のコーチが色々な刺激を彼らに提供してあげるということがすごく大事だなと思います。どうしても競技に特化した練習ばかりやってしまうことが多いと思いますが、そういったものだけではなく普段やらないような動きというものをアカデミーの中で経験してもらうことで、彼らの身体表現を活発にしていくのを目指しています。

ーーBU以外では、東洋大学アイスホッケー部のS&Cコーチでもいらっしゃいますね。

臼井コーチ:実は僕、東洋大学に関していうと、時間的・場所的な都合などもあり、選手の直接指導というのはまだそれほどできていないというのが正直なところです。どちらかというと監督・コーチ陣と、プログラムを立てていくときのサポートをさせていただいています。

選手との関わり方には色々なやり方があると思います。一般的なのは、選手個々人の課題をヒアリングしながら、監督・コーチが感じているその選手の課題とすり合わせて、「こういったトレーニングが必要だよね」と提案したりするやり方などです。

ただそれもコーチのスタイルやチームのカルチャーによって結構変わるかもしれません。「こういう練習方法でいくぞ!」とコーチがバーンと示して、それに選手に頑張ってついてきてもらうというスタイルのコーチもいらっしゃいますし、ヒアリングしながら選手と作り上げてくタイプの方もいらっしゃいます。どちらが良い悪いというよりは、本当にそのチームとコーチのスタイルに大きく依存するのかなと思います。

ーー貴重なお話をありがとうございました。ますますのご活躍をSunbearsチーム一同楽しみにしております。

【まとめ】
今回のインタビューを通じて、S&Cコーチの役割はとても幅広いことが分かりました。ケガを予防してパフォーマンスを最大限に引き出すために、身体の知識に加え、データを使った分析・評価で選手のコンディション作りや運動能力向上への適切なアドバイスを与えるーーそれが選手やチームの成長につながるのを見るのがS&Cコーチングの醍醐味ではないでしょうか。日本でも臼井さんのような熱いコーチが増え、プロ以外のスポーツにももっと浸透してくれることを願います。


1.日米比較
 ● 北米の大学・プロレベル:主観・客観的な定量データ以外に機材を使った各種のモニタリングが進んでいる。
 ● 日本:RPEなどを用いたモニタリングはプロレベルでは導入が進んでいる。大学ではサッカーやラグビー以外ではまだ一般的ではない。
2.S&Cの課題:予算の確保とコーチの数
3.S&Cコーチングの魅力
 ● 各種データやアプローチ次第でパフォーマンスが上がるのが分かる点
 ● 選手と二人三脚で選手の成長を手助けすることができる点
4.S&Cコーチに必要なスキル
 ● 解剖学・運動学・生理学等の理解
 ● データ処理能力
 ● 関係各者とのバランス・コミュニケーション能力

 【取材:廣浦百合子・久保田久美・Zoe Yang、文:久保田久美】

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