見出し画像

#10分で読める小説「見知らぬ料理好き男子3人がシェアハウス生活!?」

東京の大型書店、その広々としたフロアの中にある料理本コーナーには、夕方の静けさが漂っていた。平日の午後5時20分。夕陽が差し込む大きな窓からは、街のざわめきが少しずつ消え、店内には本を手に取る人々の静かな足音だけが響いている。そんな中、3人の男たちが偶然にも、同じコーナーに立ち寄っていた。

高橋翔太、35歳。広告代理店で働く彼は、最近ストレスに疲れ、趣味として料理に興味を持ち始めていた。仕事の合間に少しでも癒しを得るため、週末は簡単な料理を作るのが唯一の楽しみだった。今日はそんな新しいレシピを探そうと立ち寄り、「男のための簡単料理レシピ」という本を手にしていた。しかし、その表情には、どこか満たされない思いが浮かんでいた。

隣に立つ松井康太郎、46歳。かつて自分の飲食店を持ち、料理に情熱を注いでいたが、数年前に経済的な理由で店を閉めざるを得なかった。現在は一人暮らし。松井の手には「世界のスパイス料理」という本が握られていたが、彼はその内容に興味を持ちながらも、どこか冷めた表情を浮かべていた。料理に対する熱意を失いかけている自分に気づきながらも、再び情熱を取り戻せるのか、自問自答しているようだった。

そして、もう一人、石川龍一、25歳の若手カメラマン。世界中を旅しながら、各地の料理や文化を撮影する仕事をしていた彼も、最近は国内の仕事に追われ、旅の感覚を忘れかけていた。彼が手に取ったのは「究極の家庭料理」。旅で出会ったさまざまな料理を知る中で、家庭の味に特別な魅力を感じ始めていた。

店内の静寂を破るように、突然、翔太の携帯が鳴り響いた。彼は慌ててイヤホンをつけ、母親からの電話に出た。だが、イヤホンの接続に不具合があったのか、スピーカーがオンになってしまい、会話の内容が周囲に漏れ出していた。

「もしもし、翔太?風邪ひいたんじゃない?ちゃんと休んでるの?」
「え?あ、うん、まあ…」
「風邪にはね、ショウガがいいのよ。すりおろしてお湯に入れて飲みなさい。体も温まるし、喉にも良いからね。あとネギも入れて…」

翔太は周囲に聞こえているとは気づかず、母親との会話を続けていたが、松井と石川はそのやりとりを聞きながら思わず顔を見合わせ、困惑しつつも微笑を浮かべていた。電話が終わり、翔太はようやくイヤホンの不調に気づき、顔を赤らめながら「もしかして、今の聞こえてました?」と恥ずかしそうに尋ねた。

松井は軽く頷きながら、「ええ、全部聞こえてました。風邪にショウガとネギって、うちの母親もよく言ってましたよ。懐かしいですね」と優しく微笑んだ。

石川も笑顔を浮かべ、「僕の実家でも同じです。風邪をひいたら、ショウガとネギを入れたお粥とかスープが定番でしたね」と付け加えた。

「すみません、イヤホンが壊れてたみたいで…」と翔太は頭をかきながら説明したが、その姿に2人は親しみを感じたようで、会話はそのまま自然に続いていった。

「最近、料理してるんですか?」石川が少しぎこちなく翔太に問いかけた。

翔太は少し考えながら、「簡単なものばかりですけど、仕事が忙しいんで、あまり凝った料理はできなくて。でも、母親から教えてもらったレシピで時々料理しますよ」と答えた。

「いいですね。家庭の味って、やっぱり落ち着きますよね」と石川は共感を示しながら答えた。

そのやりとりに松井も加わり、「僕も最近は簡単な料理ばかりですが、昔は自分の店でいろいろな料理を作ってました。今は一人暮らしで、あまり手の込んだ料理はしなくなりましたが、やっぱり料理は誰かと食べるのが一番楽しいですね」と静かに語った。

「飲食店をやってたんですか?すごいですね」と翔太と石川は驚いた様子で声を揃えた。

「まあ、今はもうやってないんですがね」と松井は少し照れたように笑いながら言った。「でも、料理って不思議ですよね。食べるためだけじゃなくて、作る人の思いが込められているというか…」

「本当にそうですね。料理には、その人の個性や愛情が表れますよね」と石川も深く頷きながら話を続けた。

そんな風に3人は、お互いの料理に対する思いを語り合い、次第に打ち解けていった。最初はぎこちなかった会話も、徐々に温かみを帯び、彼らの間には不思議な一体感が生まれていた。

「こうして話してると、なんだか面白いですね」と翔太がふと口にした。「いっそのこと、3人でシェアハウスをして、一緒に料理を作り合うってどうですか?」と冗談交じりに言った。

松井と石川は一瞬驚いたが、すぐに笑顔を浮かべた。「それはちょっと面白いかもしれませんね」と松井が笑いながら言い、「今の生活に変化が欲しいと思ってたんです。料理を通じて、何か新しいことができるかもしれないですね」と続けた。

石川も「確かに、料理を中心にした生活って楽しそうですね。僕も旅先でいろんな料理を見てきたけど、やっぱり家庭で作る料理の良さが一番だと思います」と賛同した。

こうして、偶然出会った3人の男たちは、ささいな会話のきっかけから、新しい生活の可能性を見出していった。その日、ただ料理本を手に取るだけだった3人は、互いの存在に気づき、心の中で何かが動き始めたのだ。


大切なお時間を使いお読み頂きありがとうございました。もしよろしければ感想、アカウントフォローをして頂けますと幸いです。
(続編も考えています!)

いいなと思ったら応援しよう!