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#10分で読める小説「銀行員の出向先は寂れたボウリング場!?経営再建 レーンの先に見えた光」

 藤崎尚人、38歳。都内の大手銀行に勤務して15年目のキャリア銀行員だった。大学では経済学を専攻し、同期の中でも将来を嘱望されていた男だ。几帳面で真面目な性格、論理的思考に優れ、無駄なことを嫌う。結婚もしておらず、趣味といえばジムでの筋トレ程度。日々の業務は、数字と向き合い、冷静に判断を下す仕事ばかりだった。そんな彼に突然告げられたのは、出向命令だった。

 「出向先はボウリング場です。」

 耳を疑った。ボウリング場?冗談かと思ったが、上司は至って真剣な顔だ。藤崎は声を出せないまま、その場に立ち尽くしていた。手渡された資料には「ミラクルボウル」という、昭和の時代に一世を風靡したボウリング場の名前が書かれていた。だが、今はその名の通り、奇跡でも起こらなければ再建は難しいと噂されている寂れた場所だった。

 経営再建。そんな言葉が頭の中を駆け巡る。銀行員として再建計画の立案は日常茶飯事だったが、これほど現実味のない案件を手掛けるのは初めてだった。しかも、その再建先がボウリング場。ボウリングなど中学生の時に数回行ったきりだ。技術も知識もゼロに等しい。

 「まずは現場を見てこい。」

 そう言われ、藤崎は重い足取りでそのボウリング場へ向かった。

 入口に立つと、年季の入った看板が目に飛び込んできた。色あせたネオン、割れた窓ガラス。外観からして、まさに「寂れた」という表現がぴったりの場所だった。扉を開けると、中はひんやりとした空気が流れ、かすかな油の匂いが漂っていた。レーンは全部で十数本、ボールラックにはほとんど使用されていないカラフルなボールが転がっている。だが、客の姿はまばらだった。

 「いらっしゃいませ!」

 受付に座っていたのは、白髪混じりの男性だった。おそらくこのボウリング場のオーナーだろう。男性は藤崎に笑顔を向けたが、その笑顔はどこか疲れて見えた。

 「ここの再建を任された銀行員の藤崎です。」

 その言葉に男性は驚いたような顔をした後、少し笑った。

 「銀行が出向までしてくるとは、時代も変わったな。」

 オーナーの名前は山田。かつてはこのボウリング場が繁盛していた頃からずっと経営を続けているベテランだった。だが、時代の流れとともに、ボウリングブームは去り、今では地元の数少ない常連客が支えるだけの場所になっていた。

 藤崎はまず、ボウリング場の現状を把握しようと考えた。営業データを確認し、収支のバランスを見つつ、どこに問題があるのかを洗い出すのだ。しかし、冷たい数字の羅列が彼に現実を突きつけた。客数は年々減少し、維持費や従業員の賃金を差し引けば、赤字は避けられない状態だった。

 「このままじゃ、いつまで持つかわかりませんな。」

 山田の言葉が重く響く。

 それでも藤崎は諦めるわけにはいかなかった。再建しなければ、自分のキャリアに傷がつくこともあり、必死にプランを練り始めた。だが、頭を悩ませる日々が続く中で、ふと気づいたことがあった。

 ある日のこと、藤崎は思い切ってボウリングを試してみることにした。普段の自分では考えられない行動だったが、今は何か変化が必要だと感じていた。ボウルを手に取り、重さを確かめる。投げ方のコツを山田に教わりながら、何度も失敗を重ねたが、次第にその感覚に馴染んでいく自分がいた。

 「これは…面白い。」

 思わずつぶやいた。レーンの先に立つピンを狙い、まっすぐに投げる瞬間の緊張感。そしてピンが倒れる快感。単純な競技だが、何か心を引きつけるものがあった。

 藤崎はそれから毎日のようにボウリング場に通い詰め、地元の常連客たちとも交流を深めていった。彼らはこの場所を愛し、仲間との時間を楽しんでいた。そして、藤崎はその中で「人脈」という財産に気づいた。銀行業務で得たスキルでは解決できない問題を、ボウリング場に集まる人々とのつながりが少しずつ解決していくのだ。

 常連の一人、田中という男は地元の中小企業を経営しており、彼と協力することで地域企業とのタイアップイベントを企画した。地域のスポーツイベントとしてボウリング大会を開催し、地元の子供たちや家族連れが集まる場を作り出したのだ。

 その流れの中で、運命的な出会いが待っていた。人気漫画家の青木美咲が偶然ボウリング場を訪れ、彼女もこの場の温かさに魅了された一人だった。彼女は藤崎に声をかけ、ボウリングをテーマにした漫画を描くと言い出した。それが思いもよらぬ大ヒットとなり、ボウリング場は再び活気を取り戻していった。

最終的には、ボウリング場は地域のコミュニティの中心的な存在へと変貌を遂げ、多くの人々がこの場所に足を運ぶようになった。藤崎は、自分がただの銀行員ではなく、人と人とを結びつけることができる存在だと気づく。そして、彼の人生もまた、大きく変わっていくのだった。

このようにして、藤崎の出向先での挑戦は奇跡的な成功を収め、彼は新たな生き方を見出すこととなった。


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