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#10分で読める小説「五輪選手村の秘密」



失われた瞬間

パリ郊外のサンドニにある五輪選手村。華やかな祭典の裏で、各国の選手たちは日々の練習と競技に追われていた。その選手村で、ラグビー7人制男子の日本代表選手である中村翔は、ふとした不安に駆られていた。彼の心の支えである結婚指輪と、幸運のお守りとして持ち歩いていたネックレスが、ある日忽然と姿を消したのだ。外出していた間に寝室に置いておいたはずのそれらが見当たらない。さらに現金も失われていた。

彼は動揺し、すぐに警察に通報。捜査が始まると、他の選手たちも同様の被害を報告してきた。これにより、選手村内での窃盗事件は瞬く間に広がり、選手たちの間に不安が募っていった。

犯行の謎

警察は選手村の出入り口や監視カメラの映像を調べたが、怪しい動きをする者は見当たらなかった。選手村は厳重なセキュリティに守られており、外部の人間が簡単に侵入できるとは考えにくかった。

そんな中、翔は気づいたことがあった。彼の部屋を掃除してくれるボランティアスタッフの一人、エミリーがいつもと違う態度を見せていたのだ。普段は明るくて親切な彼女が、その日はどこか落ち着かない様子だった。

翔は疑念を抱きながらも、エミリーに直接問いただすことはできなかった。彼女が犯人だとは考えにくかったからだ。しかし、窃盗事件の発覚後、エミリーは急に姿を消してしまった。警察は彼女を探し出そうとしたが、彼女の行方は杳として知れなかった。

意外な真実

数日後、翔のもとに一通の手紙が届いた。そこには「選手村の外にあるカフェで会いたい」と書かれていた。署名はなく、手紙の送り主も分からなかったが、翔は警察と共にその場所に向かうことにした。

カフェに到着すると、そこにはエミリーが座っていた。彼女はやつれた顔で、翔を見て涙を浮かべた。彼女は震える声で話し始めた。

「私は盗みなんてしていません。ただ、私はある選手に騙されていたんです…」

エミリーは、選手村の清掃スタッフとして働く中で、ある国のコーチと親しくなったという。彼は彼女に好意を寄せているふりをし、彼女を信頼させた。しかし、彼の真の目的は、エミリーを利用して選手たちの部屋に自由に出入りできる状況を作り出すことだった。

「彼は私に、『選手たちの貴重品をチェックして、報告してほしい』と言ったんです。私は彼を信じて、その通りにしました。でも、彼が本当に何をしていたのか気づいた時には遅かった…」

エミリーは、彼が貴重品を盗む計画を知ったときにはすでに深く関与してしまっていた。恐怖と罪悪感から、彼女は逃げることを選んだのだった。

解決と再出発

警察はすぐにそのコーチを逮捕した。彼の名前はアンドレイ、ラグビーの強豪国の元選手であり、現在はコーチとして活動していた。彼は選手村の内部情報を利用し、選手たちの貴重品を狙っていたのだ。エミリーの証言により、彼の犯行が明らかとなり、事件は解決に向かった。

翔は、失われた指輪とネックレスが無事に戻ってきたことに安堵しながらも、エミリーの言葉が頭を離れなかった。彼女は自分の行動を深く反省しており、罪を償うために警察に自首するつもりだった。

翔はエミリーに対して寛容な気持ちを持ち、彼女が真実を語る勇気を讃えた。エミリーもまた、翔の優しさに感謝し、新たな人生を歩む決意を固めた。

希望の光

事件が解決し、選手村は再び平穏を取り戻した。翔は競技に集中し、見事にメダルを獲得した。エミリーもまた、自らの過ちを悔い改め、ボランティア活動を通じて社会に貢献する新たな道を歩み始めた。

彼らはそれぞれの道を進みながらも、この経験を通じて学んだことを忘れない。信頼と誠実さ、そして再生の力を胸に刻み、未来に向けて歩んでいった。


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