えだまめ
「あたし、整形する」
妻が、ぽろっと口走ったとき、おれは、二本目の熱燗を飲みほしてちょうど酔いがいい具合に回り始めてきたところだったので、「整形か! いいね!」と自分でもそのことばの意味も認識せず、合いの手のごとく答えた。
「ほんと、いいの? 何百万もかかるよ?」
「いい、いい、やっちまえ」
おれは空になったお銚子に酒を注ぎ、レンジに入れながら適当に答えた。
「やった!整形だ!」
妻が奇声を上げながら、ビールを飲みほした。レンジがチンというのを待つ間、枝豆を食べようとしてまさぐって口に運んだのは皮だった。
「ところで、整形ってどこを整形するんだ。どんな顔にするんだ」
おれは、お銚子と、ついでに冷蔵庫から出した塩辛を手にテーブルに戻った。
「うーん、そうだなあ」
妻はテーブルの上をかきまわすようにまさぐりながら、枝豆を口に入れたが、皮だったららしく、すぐにもとに戻した。捨てればいいのに、そんな風に元に戻すから、いつまでも皮がそこにとどまったままなのだ。おれは、妻が、冷凍の枝豆を解凍してくれることを期待したが、妻は、また別の皮をとって口にいれ、また吐き出すということを繰り返すだけである。
「まず、鼻かな」
「鼻をどうするんだ」
「わかんない、けど、整形っていったら、鼻でしょ、なんとなく」
おれは、妻の鼻をまじまじと見た。とりたてて美形というわけでもないが、とくに低いわけでもなかった。塩辛は安物なので、塩辛いだけでまずかったので、おれは、無意識にテーブルの上の枝豆を手にした。やはり皮だった。きっともう皮しか残っていないのだろう。でも、解凍するのは面倒だ。妻も立ち上がろうとしない。
「目も、やりたいな」
枝豆の皮を口に入れては吐き出すことを繰り返しながら、妻は、遠くを見るような目をして言った。
「目か」
「目だよ、やっぱり」
テーブルには、枝豆の皮の海が広がっていた。冷凍庫には実のある枝豆がたっぷりあるのに誰も解凍しようとはしないのだ。
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