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れんげ畑
飛行機で空を飛んでいるとき、眼の下には雲しかない。曇りの日しか飛ぶことは許されていないのだ。地上には敵しかいない。飛んでいる姿を見られたとたん撃ち落とされるのだ。決められた時間に飛び立って、決められた地点で手元のボタンを押す。それがおれの仕事だ。ボタンを押すと尻の下でガクンと音がして数秒後にはるか下の方でドシンと重い音がする。そのとき地上がどのような状況なのか、いくらのぞきこんでみても雲しか見えないのでわかるはずもない。
ある日、ふと下をのぞいた時、かすかな雲の切れ間があり、ほんの一瞬だけしみるような鮮やかな紫色が瞳に映った。息を飲むほど美しい色だった。遠い昔に見たことがある色だった。あれはれんげの花だ。きっと雲の下は一面のれんげ畑が広がっているに違いない。宿舎の部屋も食堂も飛行機の内部もおれの周りは何もかもが灰色で塗りかためられていた。おれの瞳に灰色以外の色が映りこんだのはいつ以来だろう。それ以来、何をしていてもその美しい色がおれの意識に張りついてしまったかのように離れなくなり、ある朝、おれはこっそり宿舎を抜け出し飛行機に乗りこんだ。空は怖いくらいに真っ青に晴れていた。どこまで高く飛んでも雲はなかった。初めて見る地上だった。ただ緑の草原と岩が続くだけだったが、しばらく飛んでいると遠くにかすかに鮮やかな紫色が広がっているのが見えた。おれの胸はこの上なくときめき、高度を下げようと操縦管をぐっと引いたとたん、ものすごい衝撃と爆発音におれのからだと意識は瞬時にかき消され霧散してしまったのであった。