蟹は3秒、失恋は3ヶ月。
1月、京都に行った。目的は、蟹を食べに。最初は金沢で宿をとっていたのだけど、件の震災の件があって宿を急遽京都に変更した。とはいえ、ここ最近仕事が立て続いていたこともあって本当に“蟹を食べる”意外はノープラン。なんなら、京都でも仕事はしつつで、寺社仏閣にも特に足を運ばなかった。
清水寺も金閣寺もない京都旅。蟹を食べ、展示を見て、誠光社で本を買い、六曜社でコーヒーを飲む。せっかくなので、京都国立近代美術館には行った。スケジュールを組みすぎるのも、他者に組まれすぎるのもあまり好きではないので、東京の生活と地続きのゆったり旅行、贅沢さがましましな感じでとても好き。
最後に京都に行ったのは、修学旅行……ではなく大学生の時にふらりと足を運んだ、作家・朝井リョウの『何者』の続編『何様』のサイン会だった。どこかの図書館? 市民ホール? 的な京都の奥の方まで。桜が咲いていて、バンドの全国ツアーのノリで足を運んだ記憶がある。当時(というか今も引き続きファンではあるが)、朝井さんのサイン会に足繁く通っては、女子会で聞かれた好きなタイプを「朝井リョウ」と公言していた大学生の私を思えば、今もあんまり人格は変わってない。
これはずっと言ってることだけど、朝井リョウの真髄はエッセイにある。ラジオもそう。朝井さんは小説以上に、「朝井リョウ」としての声が活きているコンテンツが本当に光っている。この話は、長くなるのでここまで。
1人2.5万円を犠牲に、松葉蟹を食べた。人生で食べ物にこんなにお金をかけるのは初めての体験だったと思う。足を持ち、ちゅるんと透明な刺身を吸って(文字通り吸って)臭みのない引き締まった身に感激。冗談抜きに3秒で足1本が消える。私が今まで食べてきた蟹はなんだったのだろう。
京都では2冊ZINEを買ったのだけど、そのどちらもページを捲るなりソフィ・カルの展示「限局性激痛」に触れていて震えた。美術書とかでもなく、2冊とも日記なのにそんなことある? 今はなき、原美術館の閉館間際の展示。奈良さんの常設展示《My Drawing Room》が好きな叔母と、大学生の頃によく2人で足を運んだ。今は奈良さんの展示は群馬のハラミュージアムアークへ移設されているらしい。
ソフィ・カルの「限局性激痛」は失恋をするまでと、失恋をしてからの二部構成でできた展示だ。失恋をしてからの展示では、自分の失恋体験を聞いてもらう代わりに、相手からは人生で最悪な出来事を語ってもらう。いわば「失恋の傷が癒えるまで」の過程を“見える化”した作品なのだけど、確か3ヶ月ほど記録が続いていたはず。
逆に言えば、ある誰かにとっては3ヶ月で失恋の傷は癒えるということでもある。大腿骨の骨折で約2ヶ月だから、心の傷もそれくらいが妥当なのかも。
きくちゆみこさんの『だめをだいじょうぶにしていく日々だよ』にも、この展示の話が出てきていた。だから厳密に言えば、2024年に読んだ本の中で3回目。今年の年末ごろに三菱一号館で、ソフィ・カルが新作を展示すると読んだ。年末まで、今年も駆け抜けたい。
年が明けて、もう新年モードすら過ぎ去ったはずなのに、とある大きめの忘年会の席で言われたことが忘れられない。ニュアンスとしては「今みたいな八方美人やってると、周りに本当に信頼できる人がいなくなるよ」って感じだった。妙に消化しきれなかったのは、傷ついたからでも図星だったからでもなく、怒りの感情からなんだと思う。大事な人には最初から八方美人ぽさなんて微塵も見せてないよ。君の方が、全然私のことわかってないじゃんね。
去年の夏のnoteに『“違いを理解する”をサボって、すぐに「諦める/離れる」を繰り返してきた、そんな視野の狭さから生まれた「守り」のツケを払った気分』になった日のことを書いたことがあった。その点で言えば、最近、人間関係をゆるく手放すことを覚えた気がする。0か100で関係値を切るみたいなこと、ここ最近しばらく記憶にないかも。いつか戻ってこれるかもしない。そうじゃないかもしれない。また戻って来られるくらいに丁寧に手放して、またずっと先の交差点があるなら、合流したらいいんじゃない?
そうやって心から思えるようになったことは、大学時代に京都の土地を踏みしめたときからの進歩だと思う。積み重ねてきた年月の中にある、砂金みたいな本物の時間を切り離す方が、きっともったいないから。
旅行に来るたびに「次にこの場所に来るとき、自分は何をしているんだろう?」と遠い未来に想いを馳せる。生きているかもわからないのに(だって事故や病気で死んじゃうかもしれない!)、無意識にも「次は」なんて思えるのは、それだけ今の自分の生活が平穏な証拠なのかもしれない。それほど遠くない未来で、また松葉蟹を食べたい。そのために、ふんとりとたくさん手放す。そのための2024。
2024.2.2
すなくじら
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