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ハハコグサ

長男が2歳半の頃、私は次男を産んだ。同時に夫が単身赴任となり、私は0歳児と2歳児と3人きりで暮らすことになった。

幸いなことに通勤するには辛い距離の勤務地になったことが原因で離れて暮らすことにしただけだったので、夫は生まれたばかりの次男にまるっきり会えないわけではなかった。夫は金曜日の夜に帰ってきて、日曜日の夜に再び出発する生活になった。

次男が幼稚園に入園する3歳の春まで丸3年にわたって、平日は母子のみで暮らした。単身赴任が明けて再び一緒に暮らすようになった時、長男はいつまでも滞在する夫に、お仕事には行かないの?と問いかけたほど、子どもにとってはそれが当たり前のように記憶されてしまった。


私たちの家の立つ場所は硬い粘土質で、土質が悪い。前に建っていた家屋を取り壊して更地にして地鎮祭を執り行った後も、結局1年くらい設計と建築に費やしたので更地のままであったが、雑草すら生えなかった。これは手入れの必要がなくて助かるねと苦笑いしつつも、家庭菜園などはとてもできない土なんだと知らされて残念だった。

作物は望めなくとも、ちょっとくらいお花を咲かせたい願望すら叶わないのか。あまりに硬く粘土質なのを改善すべく、腐葉土を撒いたり糠を撒いたりして色々試した。2年くらい経った頃、そんな庭にも雑草が生えてくる箇所ができてきた。生命の起源にすら思えてしばらく悠長に眺めていた。

タンポポは花が咲かなくとも私にも分かるが、他にもよく分からないものが生えてきた。特に目立った雑草の銀葉に見えるほど産毛が濃くて厚みのある葉は、昔育てていたラムズイヤーというハーブに似ており、別にいいかな?と思った。

双葉から本葉が生えて、茎が伸びる。葉の多くは地にへばりついて、広がる円は割と大株になりそうだった。野良猫のオスのがっしりした四肢に似た茎が伸びて、気がついたら隣にも向かいにも仲間が育っていた。

銀葉 雑草 などのキーワードで検索したような気がする。その雑草はハハコグサという名前であることが分かった。見た目だけはそんなに嫌いではない。黄色い花も咲くらしい。春を感じさせる黄色じゃないか。

しかしハハコグサという名前が気になった。その頃、私たちは母子だけで暮らしているが、たまに夫も意気揚々と帰ってくるんだから。

母子だけで暮らす閉塞感。近隣に知人もおらず、誰も助けになる大人に恵まれなかった辛さ。もうそろそろ単身赴任が終わってくれないかと待ち望む気持ち。疲労感でいっぱいの私は、ハハコグサが黄色い花を誇らしげに咲かせ、太い茎と厚い葉でたくましく生えるのを直視できなかった。

私は違うんですよ、ここは母子だけで暮らすメンバーの集まる団地じゃないんですよ。お父さん居ますから。そんな気持ちになって、黄色い花をちょっと見てから引っこ抜くことにした。

私は基本的にお花が好きだ。全然植物が育たなかった土地ということもあって、植物を引っこ抜くのは少しためらわれた。しかし次第に思い切りが良くなり、花が咲く前に芽の段階でハハコグサを認識できるようになったこともあって、早めに抜くようになった。ハハコグサはだんだん生えないようになった。そして夫の単身赴任期間も終わった。


オオイヌノフグリやヒメオドリコソウ、ハコベなどが道端に生えているのに気がついた時、春になったのだと知らされる。そしてハハコグサを見かけると、同じ団地に住んでいた仲間に再会した気持ちになる。「もうすっかり春なんですねえ」なんて話しかけたくなる。

Wikipediaでハハコグサを調べてみたら、春の七草のゴギョウなのだと知った。幼稚園や公園でいつも見かける親子だけど、お名前は実は知らない人はたくさんいる。そんな人と改めておしゃべりして、初めてお名前を伺った気分になった。花言葉は「いつも想う」とのこと。単身赴任が終わるのを待ち焦がれていた私たち母子の気持ちそのものだ。なぜか雑草のくせに嫌いになる要素がない。これからもより一層庭に生えてくるハハコグサのことをヒイキしてしまいそうだ。

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