きれいなわけでも、新しいわけでもない。なぜ、そんな地方の田舎まちに世界中から人が集まるのか?
街中に漂うマリファナの香り―
「治安…大丈夫かな?」そんな不安を抱えながらも、世界が注目する田舎まち「ポートランド」を練り歩いてきました。
独自の手法でまちづくりを進めてきたポートランドには、このまち独自の文化が醸成され、地方の中堅都市でありながら「ここに住みたい」という人が世界中から集まってきます。
リーマンショック以降、衰退するその他の地方都市との差が浮き彫りになり、まちづくりや地方創生に関わる人にとっても要注目のまちとなっています。
「田舎のまちづくりに携わるなら、ポートランドは自分の目で見ておかなくてはいけない」
ということで、
・なぜ、このまちに世界中から人が集まるのか?
・実際どのような雰囲気なのか?
・まちの賑わいはどのようにつくられているのか?
などを確かめるべく、現地を視察してきました。
日本人・アジア人が全然いない!白人マジョリティのまち
そもそもポートランドは、ほとんどの日本人にとって、名前を聞いたことはあっても、積極的に旅の目的地となるようなまちではあまりありません。リゾートでもありませんし、象徴的な観光スポットも多くありません。街並みは取り立ててキレイなわけでも、新しいわけでもありません。
僕はまちづくりの参考としてポートランドを目的地として行きましたが、「ポートランドのあの雰囲気が好き!」という人以外にとっては、日本からわざわざ行く理由がないのも頷けます。
実際、まちを歩いていてもアジア人と思しき人はほとんど見かけませんでした。
4日間の滞在でポートランド市内のお店を100店舗ほど周ったのですが、結局日本人には一度も会いませんでした。世界各地それなりに旅をしていますが、これだけ日本人がいない場所ははじめてかもしれません。
チャイナタウンにも行ってみましたが、ここにもアジア系の人は少なく、ポートランドの他のエリアと同じく、白人の方々が大半を占めていました。
コンビ二が……ない!圧倒的なローカルショップの数
実際にポートランドを歩いていて驚いたのが、コンビニが一軒も見当たらなかったこと。
日本であればどの都市に行っても絶対にあるようなコンビニや大型のショッピングモールが皆無でした。また、チェーンのカフェなどもほとんどありません。
代わりに、ローカルショップがたくさん並んでいます。オーナーがこだわって焙煎したコーヒーが飲めるカフェ、オレゴンのホップを使ったクラフトビールをつくっているブルワリー、地元の農家さんが育てたオーガニック食材が手に入るスーパーマーケットやファーマーズマーケットなど、地域密着型のお店ばかりです。
飲食店は、地元の食材を使った、ちょっといいものを出してくれるレストランが多く、いわゆるファストフード店のようなものはあまりありませんでした。
そして、ポートランドといえば「フードカート(キッチンカー)」。世界最高のストリートフードとも言われており、駐車場やちょっとした空き地にはフードカートがずらりと並び、お昼時には多くの人が集まってランチを買っていました。
市内には約600軒のフードカートがあるそうで、ハンバーガーやサンドイッチなどの定番商品から、中華、ラーメン、たこ焼きまで何でもありました。
ローカルショップで賑わうポートランドの街並みは、”そのまちらしさ”を醸成するだけでなく、地域経済にとっても、大きな意味があるのです。
いかに地元のお店にお金を落とし、その地域の中で経済を回す仕組みをつくるのかについては、日本の地方創生においても考えていかなくてはいけない視点です。
今やどの地方に行っても、コンビニ、イオンを代表するショッピングモール、チェーンのファストフード店があります。どこに行ってもそこそこ便利になった反面、そうしたチェーン店で使われたお金は最終的に東京にある本社の利益になるのです。
これではお金は出ていくばかりで、そのまちの経済は発展しません。
その点、ポートランドは小売店や飲食店だけでなく、スポーツ用品やアウトドア用品まで地元のメーカーが有力です。そのまちらしい文化と一緒に育まれてきた徹底的な地産地消意識を強く感じました。
朝も夜も賑わいを途切らせない「ミクストユース」をその目で見る
今回、ポートランドの実際の街並みを見た中で最も感銘を受けたのが、建物の「ミクストユース」です。
ミクストユースとは、日本語に直訳すると複合利用。一つの建物の中で、オフィス、小売店、レストラン、住居など様々な用途を持たせることをいいます。
1階にはレストランなどの商業店舗があり、2階~5階くらいまではオフィスが入り、さらにその上は住居やホテルなどが入っており「遊ぶ」「食べる」「働く」「住む」といったアクティビティが1ヶ所に集まっています。
これにより、昼と夜の人口の極端な差を無くし、「どの時間帯も賑わっている」という状態をつくりだすことができます。
例えば、日本のベッドタウンをイメージしてみてください。昼は都心に働きにでかけるため人口が流出し、夜には戻ってきます。逆に工場都市のような場所では、日中に人が集まり、夜は閑散とします。
昼と夜とで、まちの賑わいに大きな差があるのです。
実は、近代の都市開発は、都市あるいはエリアごとに用途を限定するような開発のされ方をするのが一般的でした。「ここは働く場所」「ここは住む場所」としてしまったほうが、開発もマーケティングも効率が良いのです。
結果的に生産性は上がったものの、賑わいが分散してしまいました。
いくらオシャレで素敵な建物があったとしても、オフィスしか入っていなければ土日はガランとしてしまいます。逆に住居しかなければ、人はいても遊んだり食べに行ったりする場所がなく、まちの魅力は下がってしまいます。
ポートランドでは、土日・平日、また昼夜を通していつも色々な人で賑わっている街並みをつくりだすように、住居、オフィス、店舗(小売や飲食店)のバランスを細かく考えられているのです。
道路やビルなどのハード面だけでなく、その場所をどのように活用されるか、その空間の使われ方まで細かくデザインされていることが、実際にこの目で見てよく分かりました。
特に建物の1階部分は、ガラス張りの飲食店や小売店が入っていることが多く、これも賑わいを演出し、盛り上げる工夫です。ガラス窓になっていることで、建物の内と外の透明性が上がり、屋内にいる人は通りの賑わいを感じますし、通りにいる人は建物の中の賑わいを感じることもできます。
このガラス窓は歩行者の視界を遮らず通りを見渡せるようになっていたり、屋内から外がよく見えることで防犯対策にもなっていたり、と他にもメリットがたくさんあります。
ミクストユースもエリアごとに特徴があるのですが、僕が見た中で印象的だったのがノブヒルです。
ポートランドの北西に位置するこのエリアではビクトリア様式の元・住宅を改装した店舗が建ち並んでいます。低層の商業地域のすぐ裏に高級住宅エリアがあり、ポートランドの中でもおしゃれなお店が多くありました。
点で見るとかなり非合理。まち全体で見ればとても合理的
この、建物や小区画地のミクストユースは、賑わいをつくるという意味では、ものすごく重要なことですが、実際にやろうとしたらかなり大変です。
大家さんの立場になって考えてみれば、住居用なら住居用だけで居住希望者を集めた方が断然効率的です。店舗と、オフィスと、住居と……とそれぞれに賃貸契約を結ぼうと思ったら、集客も管理も煩雑になります。
個別に見れば、かなり非合理なことをやっています。しかし、その一見非合理なことが集まることで、まち全体・市全体で見たときに、賑わいを生み、人を集め、地域経済を発展させ、そして地元の人に還元される……。と、とても合理的という結果に繋がっているのです。
そんなポートランドのまちづくりは、大掛かりな公民連携によって進められてきました。行政と民間が、長期的なゴールを共有し、お互いに信頼しあってパートナーシップを築いてきたからこそ、実現できた街並みだと言えます。
実際、行政と民間がどのように連携をしているのか。
このあたりの詳しい話も現地の人に聞いてみたかったのですが、残念ながら今回の視察では行政の人のアポが取れず……。不動産会社にも連絡をしたのですが、部屋に空きがないとのことで話を聞く機会がもてませんでした。
また今後の研究課題としたいと思います。
家の中の暮らしだけではなく、まちのライフスタイルを提案する
ポートランドは、決して収入が高いエリアではありません。近隣の州にはもっと稼いでいる地域もある中で、ポートランドに世界中から人が集まってくるのは「このような暮らし方がしたい」と思う層にうまくリーチし続けているからだと思いました。
僕の本業は、各地域に根ざした地場工務店の経営コンサルタントです。工務店の経営者の方々にはよく「これからは、家の中の暮らしだけではなく、家の外まで視野を広げて、そのまちで暮らすライフスタイルを提案する必要がある」というお話をさせていただきます。
いくら家が広くて、快適であったとしても、暮らしは家の中だけでは完結しません。
地方の過疎化が広がる中、どれだけ素敵な家を建てる技術を持っていたとしても「このエリアに住みたい」という理由がなければ人は増えていきません。
そして、田舎が「ここに住みたい」と思ってもらうためには、そこでどんな魅力的な暮らしができるのかを提案し発信していかなくてはいけません。
今回のポートランド視察は改めてそんなことを考えるきっかけになりました。
株式会社SUMUS 代表取締役
小林 大輔