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診断がつく絶望と安堵の間で。

時は2024年の1月です。
またまた、久しぶりの更新に
なってしまいました。

今年は定期的に更新して
過去の出来事を書き終え、
現在のことを
書き記せるようにしたいと
思っています。

文章を書くことは苦ではないのに
下書きも10記事以上あるのに
中々進められないのは
ただ私が怠惰なのもあるけれど、

文に起こすと少なからず
気持ちが過去に引き戻されるので

それが中々に辛いのだと
明確に認識はしていないけど、
きっとそういうことなのだと
思っている。

当時のことは記憶にないので
当時のメモ?日記?を頼りに
書いている。

当時の日記は2019年への
ゲートとなっていて、
繋がる道がある嬉しさとともに
しんどさを抱える。

でも、久々にきたこのブログには
数ヶ月で何倍もの方が
見にきてくださっている
ことがわかった。

これは少しずつでも進めなければ。

最近、とある難病の会の集まりで
「探しても情報がない」
と語る方と出会い、
当時の自分を思い出した。

そのために書き始めたのだった。

さあ、書こう。


ー前回のお話の続きー

色々な検査を進めていく中で
遺伝性疾患の可能性が
浮上し、検査に出しました。

この検査結果自体は
3ヶ月とかそれくらいの期間
かかった記憶です。

待っている間は
常に脳裏にあるような
時々頭から忘れているような
そんな感じで過ごしていました。

知りたいことではあるけど
ポジティブに知りたいかというと
そうではなくて。

引き続き、入院生活を送りながら
その他の診断もつかず
治療法も見つからず時は過ぎ、
その時が訪れました。


結果は該当しませんでした。


安堵とともに、
振り出しに戻ったことに
落胆しました。

これでやっと診断がついて
診断がつけば治療法に繋がるかも
そんな風に思っていたから。

その反対に、
今まで目まぐるしく
頭を巡った思考から解放された安堵。

悪いことって
どこまでも想像できてしまうもの。
人間の持つ想像力
はある意味すごい。

起こっていないことを
心配しすぎることは
ないのかもしれない。
けれど心配してしまうし
逃れられない。

その時その時の思考に
振り回されるのはとても疲れます。

少しでも割り切れたら
楽なんだろうなと思いつつ。

今回は、そんな遺伝子疾患で感じたことを
ありのままに書いてみました。
読んでくださった方がいたら、
嬉しく思います。

ありがとうございました。 では。

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