ふたつの想い (冒頭)
レイは、窓の外をじっと見つめていた。
木々の枝に積もった雪が、まるで白い花を咲かせたように見える。
2月も終わりに差し掛かったころだが、灰色の空の下、雪がはらはらと降っていた。
部屋の中は静まりかえり、時計の秒針だけが響いている。
レイは、本が好きだ。
11歳の少年が読むには難しそうな本まで持っている。
以前、母親が、レイが読んでいる本に手を伸ばし、数ページめくってみたが、何を言っているのかわからなかった。
学校には行っているが、友達と呼べる人はいない。
ただ自分が心を開いていないだけ。
原因はわかっていたが、内気な自分には何もできない。
このまま卒業まで、何かが変わることはないだろう。
そう思っていた。
桜の花が満開になる季節になり、上級生の卒業式が終わった。
明日から、春休みだ。
だからといって、特にすることもない。
いつも通り、部屋で本を読む。
周りは、友達同士で予定を立てているが、自分には関係ない。
どこか寂しい気持ちを持ちながらも、レイは教室から出た。
学校から帰宅後、親が作ってくれていた昼食を温め、ひとりで食べていた。
共働きのため、帰ってくるのは、いつも夜だ。
理由もなくつけたテレビでは、ドラマの再放送が流れている。
特別、面白いとは思わないが、ひとりでご飯を食べるときは、何かを観ながら食べるのが習慣になっていた。
昼食を終えると、レイは、2階にある自分の部屋の書棚から、厚い本を取り出した。
表紙は、革でできている。
触り心地がいい。
お気に入りの一冊だ。
ひとりで過ごす時間が寂しくないと言ったら嘘になるが、本を読んでいる間は、それらを忘れることができる。
レイは今日も、本に助けを求めた。
どれくらい時間が経っただろうか。
ずっとベッドの上で本を読んでいたが、いよいよページをめくる手が重く感じられ、ついには本を閉じそうになった。
窓の外から、風が葉っぱを揺らす音が聞こえてきた。
静かな部屋の中で、時計の秒針だけが大きく響いていた。
文字を読んでも、頭に入ってこない。
ふと顔を上げると、窓の外には、茜色に染まった空が広がっていた。
レイの心は本の世界に閉じこもり、刻々と変わる外の景色にも気づいていなかったようだ。
本の革の温もりが心地よく、いつまでも触れていたい。
そう思いながら、やがて、意識が遠のき、眠りの世界へとゆっくりと落ちていった。
「コンコン」
部屋のドアをノックする音で、レイは目が覚めた。
いつの間にか、部屋の中は真っ暗になっていた。
「ガチャッ」とドアが開き、「パチンッ」と音がした瞬間、眩しさで一瞬目をつむった。
「ただいま」
声の主は、お父さんだった。
お父さんの声は、いつも通り穏やかだった。
レイは、目を細めたまま、「おかえり」と返した。
「レイ、ちょっと来てくれるか」
お父さんは、何か言いたげな様子でレイを呼ぶ。
レイは少し、いやかなり面倒だと感じたが、重く感じる身体を起こし、しぶしぶ玄関のほうへ向かった。
玄関まで来ると、そこには、笑顔でこちらを見るお母さん。
そして、見慣れない段ボールが置かれていた。
段ボールをよく見ると、隙間から、小さな黒い鼻がちょこんと出ていて、中から何かが覗いているのが見えた。
「これは…?」
レイが戸惑っていると、お父さんは笑顔で言った。
「開けてごらん」
一瞬断ろうと思ったが、恐る恐る箱に手を伸ばし、段ボールを開いてみる。
すると、そこから出てきたのは、ふわふわの黒い毛並みが美しい子犬だった。
レイは、思わず息を呑んだ。
子犬は、大きな瞳でレイを見つめ、尻尾をフリフリと振っている。
「実は、知り合いから引き取る約束をしていてね。母さんには伝えていたんだけど、レイのことを驚かせたくて内緒にしていたんだ。」
「これから一緒に住むの?」
「そうだね。それと、名前はまだ決まってないんだ。一緒に考えてくれないか?」
お父さんの言葉に、レイは複雑な気持ちだった。
犬どころか、生き物のお世話なんてしたことがない。
何も知らないからこそ、大きな不安を感じていた。
「僕、犬は苦手なんだ」
レイは、そう呟いた。
「大丈夫だよ。きっとすぐに仲良くなれるさ」
お父さんはそう言って、レイの手を握った。