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アルハイママ、1番列車を角で待つ。

アルツハイマーの我が母は、外に出て徘徊する癖がないのが救い。

これまで、それが救いだった。

それが儚く消える失踪事件が起きた。
まあ、失踪といっても、ほんの僅かな時間だったし、すぐ近所で回収できたのだけれども、我が家にとっては事件だった。

運よく、隣に住む叔母の協力のもと、すぐに母を見つけてもらえて、事なきを得た。
叔母には大感謝です。
あとで、「出かけるときは、遠慮しないでひとこと知らせて行きなさい。」と叱られた。ごもっともです。おばちゃん、ありがとう。

その日は午前の数時間、父と母が二人だけで家に居たのです。
父は(多分)うたた寝をしてしまっていたのでしょう。
気付いたときに母はおらず、一生懸命に呼びかけても、返事がない。父は不自由な足腰で二階にも上がってみたが、家中どこにも母の姿はない。

弟は仕事、わたしは旅行中、姉は遠方からもうすぐ到着する予定。
杖をついてのろのろ歩くのがやっとの父が、自分一人で外に探しにゆくのは、あまりにもリスクが高く、お隣に住む親戚にヘルプを発信したわけです。

叔母が近所を歩いてみると、母は、我が家からほんのワンブロックほどの角で、ガードレールにもたれて立っていたそうだ。

認知症に心得のある叔母は、慌てない。

叔母 「ママ、どうしたの?」
母  「今ね、一番列車を待ってるの。」
叔母 「そうかい。列車はまだ来ないから、ウチで待ってるかい?」
母  「そうだねー。」

と母は言って、腕を組んで素直に歩いて戻ったそうだ。

一番列車って。。。。

おそらく、デイサービスのお迎えを待ちくたびれて、外にまで出ちゃったのだと思う。週に4回通うデイサービスが大好きな母は、行かない日も帽子をかぶって、玄関で待つことが多いのだ。

その後、もちろん母は何も覚えていないから、ケロリとしている。周りを振り回したのに、呑気なものです。

こういう場合は、父の方が心配。
母の心配をしてどっと疲れたのと、自分の不甲斐なさに落ち込んだのに加えて、あっち行ったり、こっち行ったり普段以上に動き回って身体的疲労も。

父は、以前に母をスーパーで見失った時には、腸出血を起こして入院し、この間、母の骨折の時には蕁麻疹を発症した。心配性で神経質。
想像するに、父における今回の心配度合いは、かなりの重程度だった事でしょう。
直後から滞在していた姉が、手厚くケアしてくれたようだから大丈夫かなと思うけど、一応、父の様子を気をつけて見ているところ。

父ひとりに母を託すのは、そろそろ資格剥奪ですな。

楽しく旅行して戻った途端に聞かされたこの顛末に、一気に現実に戻されたわたしです。
今日も、見守り介護がんばります。



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