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”不安” ~世界一周旅日記~ チベット編 【第三章:第2話】雲と地平線の間

これまでの旅日記はこちらをご覧ください↓


12/10(郷愁)

ラサへ向けて旅がはじまった。

ルートは以下の通り。

成都(チョンドゥー)→カンディン→リタン→バタン→マルカム→
ゾゴン→ポムダ→パシュ→ラウォ→ポメ→タンメ→
ルナン→ニンティ→パーイー
→拉薩(ラサ)

太字のマルカムからパーイーまでの都市が非開放地区になる。


今まで会った、たくさんの旅人が、
僕が、冬にラサを目指すことに反対した。

"やめたほうがいいんじゃない"
"オレだったらそんなことやらないけどね"
"雪のせいで、5000メートル級の山で立ち往生したらどうするの?"
"寒さに耐えられるの?"


大丈夫だよという言葉は、
中国人のLeo以外は誰も言ってくれなかった。
でもLeoは大丈夫だと言った。


一度決めたことを諦めると、
自分が自分を信じられなくなる気がする。

ラサに着けば、何かが見える気がする。



今日は、成都から7時間かけて、
夜7:00
カンディンに着いた。


道中、横転しているトラック、
崖につっこんだまま放置されているバスを見た。

これからの道中、
どうか、事故にあいませんように。


カンディンは小さな町。

外国人の姿は見あたらない。
多分、外国人旅行者は僕一人だろう。



夜8:00過ぎ

町に1本しか通っていない1車線の小さな道には、
人が、ほとんど歩いていない。

食堂で食事をする。
食堂の前にあるCDショップから、
寂しげに、
中国の音楽が流れている。

真っ暗な夜の闇の中に、
チラチラと降る雪が見える。


雪か・・・。
日本ではよく、スキーをしに行った。

スキー場でリフトに乗り、
スキー場には、流行りの音楽が流れていて、
そんな音楽を聴きながら、
友達と笑いながら、
馬鹿話をしたり、
1つ後ろのリフトに乗っている友達に話しかけたり。


気が付くとチラチラと舞い降りる雪が、
僕の赤いスキーウェアを白くそめていた。

"友達っていいな"って思える瞬間だった。


楽しかったな。


何かで言っていた。
「思い出は優しすぎる。」って。
振り返っちゃいけないのかもしれない。


今は、多分、
危険な地域に近づいているため、
やさしい思い出にすがりたくなっているだけだ。


中国人は優しい。
日本が恋しい。


12/11(民家を訪問)


また、あの感じだ。

朝、起きたとたん、
自分が今、
普通の旅人はこない場所にいる、
という現実を、
了解できない感覚にとらわれる。

多分、夢の中では日本にいたのだろう。

急に夢から覚めて、
自分が、
こんなところにいることを信じることができない。

少しすると、
脳が、現実を理解しはじめる。

オレ、こんなところにいるのか・・・。
とたんに、ドッと不安がおしよせてくる。


朝7:00
リタン行きのバスに乗った。
バスに乗っているチベット人の数も増えてきた。


昼12:00
高度4000メートル、
もう、富士山より高い。

雲が眼下に拡がり、
太陽が顔を出す。
久々に太陽をおがんだ。

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バスの中から撮影



夕方4:30
高度を少し下げ、3960メートル。
リタンに着いた。

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リタン


ここで、
日本人カメラマンで、
このルートを共に突破する約束をしていたrioさんと合流。
彼は、中国語もチベット語も話す。
ここからは、
2人で協力しながらラサを目指す。2人で協力しながらラサを目指す。


夕方5:30
リタンのチベットの民家を訪ねた。
気のいいおばちゃんがバター茶(バターとお茶と塩を混ぜた飲み物)、
ツァンパ(大麦粉とバター茶を混ぜた食べ物)、ヤク(牛のような動物)
の肉をごちそうしてくれた。

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ヤク

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バター茶

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パン


ヤクの肉は、
ほぼ生肉のため、
なかなか噛みきれない。
チベット人は、
アゴが相当強いらしい。
しょうがないので、
ゴクンと飲み込んだ。


おばちゃんが、
「うちに泊まっていきなさい。」
と言ってくれたが、
もうすでに村の宿にチェックインしていたので、
それは断った。

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おばちゃん、ヤクの肉を切り分けてくれている



チベットの人たちはとても親切。
道を歩くと、
たくさんの人が、
タシデレ(こんにちは)と声をかけてくれる。


ここリタンは、
もちろんチベット人の村。

今までにもダライラマ7世と10世を排出し、
中国がチベットに攻めてきた時、
勇敢に立ち向かったことで知られる由緒ある町。


彼らは、遊牧民族で、
馬に乗ることを好み、
チベット民族の中でも”カム”と呼ばれる人たち、
血気盛んなことで知られる。

男は、赤い布を頭に巻いているのが特徴で、
一番最後まで、中国に抵抗した人たちだ。


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リタンで撮影、赤い布が勇猛な一族、”カム”の証


でも、ここでも、今は、
中国人の数が増えてきているようだ。

チベットの中心地ラサでは、
もはや住民の半数が中国人になっているという。


2007年には中国本土からラサへつながる鉄道が開通する。
そうなればもっとチベットに住む中国人の数は増えるだろう。

それが中国に侵略されチベット国から中国チベット自治区に
なってしまったチベット民族の現状。


チベット民族は消えゆく民族となってしまうのだろうか?



夜中。
とうとう高山病の症状が出だした。

頭がガンガンする。
そして吐き気。
腰と、この前ラオスで痛めたアバラ骨が痛い。

寝れない。


<次号の旅日記は9月10日です!>

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