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忘れっぽいのは悪いことか?

忘れっぽい私に勇気をくれた一冊 『忘却の効用』

ぼくは、どちらかというと物忘れが激しいタイプです。
特に過去の出来事に関しては、誰とどこで何をしたか、細かく覚えていないことが多いです。

例えば、同窓会で高校の友人たちが、野球部の試合内容を詳細に語り合っている時、「あの試合は何対何で、どうやって勝った、負けた」と盛り上がっている輪にいつもついていけません。
「あんなに真剣に頑張ってたのにもしかして、自分だけ熱量が違ったのか…?」と、落ち込んでしまうこともありました。


今回紹介するのは、そんな「忘れること」に焦点を当てた一冊、 『忘却の効用: 「忘れること」で脳は何を得るのか』です。

本屋さんに行くと、「最強の記憶力を手に入れる!」とか「絶対に忘れないための工夫」といった、記憶力を高めるハウツー本が目立ちます。

しかし、本書はタイトル通り、「忘れることの重要性」を科学的に解き明かしてくれるのです。「忘れてもいいんだよ!」と、まるで背中を押してくれるように、忘れっぽい自分に後ろめたさを感じていた私のような人間にとって、この本は非常に興味深いものでした。


驚異的な記憶力を持つ「フネス」の悲劇

本書の中で特に印象的だったのは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説『伝奇集』に登場する「記憶の人、フネス」という人物の紹介です。

主人公のフネスは、落馬事故をきっかけに全ての出来事を鮮明に記憶できる、驚異的な能力を手に入れます。

例えば、隣人のぶどう園で作られたワインを勧められた際、彼は単なる「ワイン」としてではなく、そのワインに使われた一つ一つのブドウ、その形、ぶどう園で見たすべての風景を詳細に思い出すことができるのです。

過去の出来事について尋ねられれば、子供の頃に見た雲の形、感じた温度、手足の動きまで、全てを詳細に語ることができます。誰もが羨むような、まるで超能力。


超記憶力がもたらした、フネスの絶望

しかし物語は一転し、全てを記憶できる能力がフネスを苦しめることになります。
私たちは、「犬」という言葉を聞くと、大体のイメージが共有されます。 一般的に犬とは、このような姿形で、このような鳴き声で、と。

しかしフネスは、物事を一般化することができません。 例えば、3時14分に見た犬と、3時15分に見た犬を、全て細部まで記憶してしまうため、それぞれを全く別の生き物としてしか認識できないのです。
辛い出来事も含め、見るもの全てを細部まで記憶するという能力は、フネスにとって大きなストレスとなり、最終的に彼は何も見えない真っ暗な部屋に閉じこもって、残りの人生を過ごすことになります。


「忘れること」は、悪いことじゃない

本書では、科学的・医学的な観点から、「忘れること」は決して悪いことではないと断言しています。

絶えず移り変わり、時に辛いこともある世界で生きていくために、私たちに与えられた能力が忘却なのだ

つらい記憶が過剰だったり、そうした記憶を忘れることが不足したりすると、人は苦痛に囚われてしまう

ぼくたちは、幸せに生きていくために、記憶と忘却のバランスが必要なのです。
忘れやすいということは、それだけ社会の秩序を守っているのだと、この本は教えてくれます。

あれだけ情熱を注いでいたものを忘れてしまう自分に落ち込んでいましたが、それはそういう仕組みなので何も気にしなくていいのだ!と軽やかに背中を押してくれました。

忘れっぽさを気にしている人にこそ、ぜひ手に取ってほしい一冊です。

ポッドキャスト配信

ポッドキャスト「ほにゃラジオ」でも話しました。


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