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月に願いを

夜が明るすぎるんだよね。
もっと暗くしてくれないと、隠れられないよね。
私が隠してあげるよ。私の胸に埋まればいいよ。



あの子は、おもむろにベランダに出た。
何がそんなに悲しいのだろうか。
私に癒すことはできないのだろうか。
「自分でもよくわからなくてさ」と、
あの子は爽やかに笑って、口元に火をつけた。
その澄んだ瞳にタバコは似合わない。

ボロアパートのすぐ横は高層マンション。
真夜中でも異様に光る蛍光灯に照らされながら
あの子は白い息を吐く。

ベランダから見上げる長方形の夜空。
全ての星座を映し出すには明るすぎたが、
北斗七星だけは見つけられた。


いや、
煙に潤んだ眼でそう思っただけで、
本当はただの飛行機の光なのかもしれない。

あの夜、キスをしてくれなかったのは
タバコの臭いが気になったからだろうか。
誰にも知られたくない。
でも、誰かに知ってほしい。

今日、あの子は実家に帰るはずだった。
荷物を取りにいくというミッションを背負い
重い腰を上げて昼過ぎに出ていった。


実家の最寄り駅の本屋で本を二冊購入。
その近くのカフェでマロンパンケーキを頬張る。
2杯目はドリンク半額になるお気に入りのチェーン店で、買ったばかりの本を読了。

ブラインドから射し込むまぶしい光が
紙に躍り出る文字を照らしていたが、

それはいつの間にか、
ボーと光る店内の間接照明に変わっていた。

会計を済ませて店を出ると、そこには藍色の空が広がっていた。

あの子はアパートに帰ってきた。

「え、折角そこまで行ったのに?」


よく聞くと親に夜ご飯を作っておいてと
ミッションを与えられたらしい。
私からしたら、久々の帰省なんだから
親にご飯くらいつくってあげてもいいのに
と思ったが、とてもあの子には言えない。

あの子には「人からのお願い」が重いのだ。
ちなみに、あの子は料理ができない。
普段使わない場所の脳ミソが消耗するらしい。


「なんで、タバコ吸うの?」

「自分が息を吐くのを実感できるから」

あの子は心に溜め込んだ何かを吐きだすように
立て続けにタバコに火をつけた。


私は今、姿の見えない月に願う。
「どうか、せめてあの子が吐き出した白い息が
全部見えるように、もっと夜を暗くしてあげて」


月に願いを


*おわり







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