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『建築をめぐる三人家族の物語』

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これまで、「家の構造」や「間取り」がいかに人間の精神や行動に、そして家族の暮らしに影響を与えるかを、著書をはじめ様々な機会を通してメッセージを送ってきました。  しかし、これか…
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#建築

建築をめぐる三人家族の物語

建築をめぐる三人家族の物語

第7話 親の援助
購入資金の半分程度なんとかなれば、住宅ローンと合せれば希望に合ったマンションを購入できるのではないかと、咲子なりに考えていた。

武夫は、子供のためという言い方が気に入らなかったが、仮に五年先に購入を延ばしても頭金をためるのがせいぜいで、咲子が希望するマンションも買えないことは年収からいって分っていた。内心咲子の父親から援助してもらえるのなら願ってもないことだと思ったが、何となく

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第4話 新婚の家  
この新入社員歓迎会を機に二人は一ヶ月に一度の割合で会い、食事をしたり映画を見たり、日曜日には鎌倉などにも足をのばした。

鎌倉に行った時は、必ず夕方には「江ノ電」に乗って稲村ヶ崎で降り、七里ヶ浜から伊豆半島に沈む夕陽を見るのが定番となった。

浜辺にある大きな石に腰をかけて、陽が沈むまで黙って見つめていた。そんな時間と空間を幾度も共有するにつれ、もしかしたら結婚するかもしれな

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第3話 記憶の原風景
武夫と咲子が始めて出会ったのは、武夫が就職して四年目に咲子が新入社員として同じ総務課に配属され、近くのイタリアンレストランでの歓迎会の時だった。

咲子は部長からあいさつを促され緊張した顔で、「上田咲子と申します。京都で生まれ育ちました。京都しか知らへん女どす。東京の会社に就職するのは両親は反対どしたけど、なんか東京の空気を吸って一回りも二回りも自分を大きゅうしたいと思いまし

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第2話 町屋の家
咲子の生まれ育った家は京都市上京区西陣で、両親は高級織物で有名な西陣織を扱う小さな問屋を営んでいた。

西陣は江戸時代以前においてすでに一つの機業地として存在し、幕府の保護もあり、絹織物の産地として、歴史と伝統は古く、絶頂期には五千軒もの織屋があったという。

近年においても、戦争中及び戦後の沈滞期はあったものの、日本の復興、高度成長と共に西陣は益々隆盛を極めた。

その時代に咲

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第1章 無気力症候群
丸い肘掛け椅子に浅く座った先生は、白い無機質な天井を見上げていた。

時間にして二~三秒だったろうか、いやもっと長い時間のような気もしたが、目をゆっくり咲子に戻して静かな口調で、「光(ヒカル)クンの病気は〝無気力症候群〟ですね」と母親の咲子を叱責するように告げた。

 光はボンヤリ焦点の合わない目で診察室の窓から外を見ている。

咲子の頭の中で無気力症候群という言葉がグルグル

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