頑張れ、私の脳みそよ
雨が降っている。
寝不足続きの疲れた体にかかる灰色の重たさが、今日はちょうどよく心地よい。
家に閉じこもる理由にもなる。書きもの日和でもある。
この雨で、気温がぐっとまた下がるんだろうか。
季節とともに先へ進んでいくことを嗜める大人になれたことに、ふふんと満足しながら、ぽちぽちと言葉を落とす。
頭が悪くなった気がする
精神をやってしまって以来、幾度となくそう思った。
電車の乗り換えを間違える。
仕事の段取りができない。
業務量が多いとパニックになってしまって何も手につかない。
これまでは頭の中で無意識に組み立てることができていたものたちが、ばらばらと床に散らばっていて、それらの正体が何なのかがぼんやりとしか分からなくて、組み立てたり整列させたりすることができない。
どうしたら良いかわからない。そう思うことが格段に増えた。
そしてそんな自分に対してイラついて、もどかしくて、途方に暮れていた。いや、今も途方に暮れている。
そんなことを産業医に話したら、
「脳の容量や処理速度が落ちていて、オーバーヒートしやすく、クールダウンにも時間がかかる状態なんですをパソコンのようなものです。」
と言われた。
「みなさん同じことを訴えられます。そしてしばらく経つと、そういえばいつの間にか気にならなくなりました、とも仰ります。」
とも言われた。
「ただ、時間はかかります。負荷を我慢した期間と同じ分だけ、治るのにも時間がかかります。でも焦らなくて大丈夫です。頭が悪くなったのではなく、いつか必ず戻ります。」
とも言われた。
最後の言葉が、私が欲しかったものだった。
もしかしたらもう、戻らないのかもしれない。戻らないと書いてある記事も多い。そもそも年齢的なものなのかもしれない。ある程度を諦めた方が良いのは分かっている。
でも、自分に失望している現状をどうにか変えたかった。変えてくれる言葉を、1年間探し続けていた。事実、戻るのか戻らないのかということは、正直どっちだって良い。これからの人生に希望を持つこと、そのために少しくらい勘違いして生きさせて欲しかったんだ。
そしてこれを書いている今も、電車を一駅乗り過ごした。いいよ、一緒に生きていこうな、私の脳みそよ。