オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その91
91. 新聞配達員の後輩は新聞配達員
3月6日。
新入りがやって来た。2名だ。
1人は大野が居たお店の食堂の真上の部屋に入り、
もう1人は竹内が居た部屋に入った。
私にとうとう後輩が出来たのだ。
早いものだ。もう東京に来て1年が経とうとしていた。
そういえば部屋の目の前にある木は桜だ。
お寺の横で見事に咲いていた桜を思い出した。
今はつぼみがちらほら見え始めていた。
咲く頃にはもうここには居ないだろう。
さて見事に散る予定の私と
2年生の花を咲かせる予定の坂井で、
新人の部屋に荷物を運ぶのを手伝っていた。
元竹内の部屋に入ったその新人の名前は真鍋くん。
そして、
元大野の部屋に入った新人の名前は竹之内。
ややこしい。
元竹内の部屋に竹之内が入ればいいのに。
なぜか呼び捨てにしてしまう不思議。
憎ったらしさも竹内と似ている。
飄々と軽い感じで
まるで新人ではないかのように
我が物顔で食堂でご飯を食べている。
おかげで竹内が居なくなった寂しさは一瞬で
この竹之内に持っていかれた。
残念な竹内。
もう誰も思い出すことはないだろう。
「いや、この米美味いっすね。俺んとこも米美味いっすけど、これ、どこの米っすか?」
どうでもいいことを長々と話すところもそっくりだ。
このお寺の長屋には
坂井だけが残って先輩になるのか。
まさか竹内が辞めるとは思わなかったな。
「真田くん。次どれ運ぶ?」
坂井の声がした。
そうだ。
元竹内の部屋に入る新人の真鍋くんの荷物を
運び入れるのを二人で手伝っていたのだった。
「せーの!そーれ!」
せまい階段を行ったり来たりした。
布団。テレビ。テレビの台。
先輩はもう手伝ってはくれない。
もう私達が先輩だからだ。
竹内は青い絨毯をそのまま置いていった。
真鍋くんは荷物が少ないように思えた。
私もこんな感じだったのだろうか。
私の部屋を真鍋くんが覗いてから言った。
「なるほど!冷蔵庫いいですね。確かに必要ですね。夏は暑いですもんね。」
坂井くらいキリッとした男前で、
竹内くらい背が高く、
しかも、しっかりと話もできるものだから
終わったらすぐに自分の部屋に
閉じこもって嫉妬した坂井先輩。
同期の竹之内に10分の1くらい分けても
その魅力は減らないだろう。
男前に私は言った。
「この冷蔵庫、いる?」
「えっ?いいんですか?」
「あ、うん。俺もうここ辞めて出て行くねん。」
「えっ!そ、そうなんですか!なるほど。じゃあ、その冷蔵庫譲って下さい。買います。」
「えっ?買う?いや、あげるって。」
「いや買わせてください。そのために親からお金もらってるんで。」
「いや、もったいないって。まだ買わなあかんもん、いっぱいあるやろし。」
「いや、これすごい綺麗じゃないですか。まだ新品みたいですよ。買いに行く手間も、運ぶ手間も省けたので助かりますし。お金使わないと親も文句言うんで・・・」
「え、そう?裕福なのに新聞配達するのね。じゃあ気持ちだけ・・・いただこうかな?」
私がそう言うと真鍋くんは
颯爽と自分の部屋に行って、
財布を持って戻って来た。
「では、これで。」
3万円渡して来た。
早すぎたし多すぎた。
「いや、多いって!あかんて!1枚でいいですよ!」
もうどっちが先輩か分からなくなってきた。
「いや、受け取って下さい。逆に使わないと親に怒られるんで。」
「えっ?そうなん?んー。そ、そう?じゃあ・・・」
私は興奮した。
本当は喉の奥のさらに奥の部分から
千本の手が伸びてくるほどお金が欲しかった。
コンビニのアルバイト10日分が一気に
入って来るのだぞ。ごくりっ。
これでかなりのマイナス分を取り返せる!
ここはカナダに行く為だ。
ありがたく頂くとしようか。
「いつまでで居なくなちゃうんですか?先輩。」
せ、せんぱい!
俺のことか!
もっと先輩と呼ばれたい!
「20日までやけど・・・ん?あっ!いや、冷蔵庫はもう今すぐ持ってって大丈夫や!かまへんかまへん。もう冷やすビールもあらへんし。あ、今、綺麗に拭くから!ちょっと待ってて!あとで部屋にお運びしますんで部屋でくつろいで待っててくださいな!」
「はは!先輩面白いですね!さすが関西人!」
関西人?初めて言われた呼び名だった。
大阪人と呼ばれたことは何度でもあるが
関西人とは。
なるほど。
私の出身が大阪っぽいけど兵庫かもしれないし、
奈良かもしれないし、和歌山かもしれないし、
分からないし、聞きそびれたし、忘れたし・・
そんな場合には
「関西人」と一括りにまとめるいう手が使えるな。
大阪でも
東京人とは聞くが関東人と
言う表現は聞いたことがない。
こ、これは!
私のオリジナルとして使えそうだぞ!
ありがとう後輩くんよ!
私はせっせと冷蔵庫を拭きながら
そんなことを考えていた。
綺麗になった冷蔵庫をさっそく
真鍋さまの部屋にお運びして設置した。
引っ越しのバイトをしていたので
単身の冷蔵庫なんてちょろいものだった。
私は慣れた手付きで気持ちの良い仕事をした。
「わー。さっそくありがとうございます!綺麗ですね!来て初日に冷蔵庫が手に入るとは思いませんでしたよ。」
「いや、やっっぱり3万は多いんちゃう?」
「先輩すいません。その【ちゃう】っていうのは多いって意味ですか?多くないって意味ですか?す、すいません!関西の人と話すの慣れてなくて。」
「いや、いいねんけど。さっきから【言葉】に対して鋭く興味がありそうな感じやけど、なんかそれ系の学校に行くん?詩人の学校とか?」
「詩人!そんな学校あるんですか?僕はジャーナル専攻です。」
「あーなるほど。」
しーちゃんと同じか。手強くなるぞ。
「そや!こたつもいる?ポットと急須もあるで!セットで付けとくわ!」
「あー、いえ、このこたつですよねー。これはちょっと大きすぎるというか・・・丸いチャブ台って、なかなか無いですよね。年季入ってますしね。ここなんか落書きがありますよ。」
「あー。それは妹が5歳くらいの時に・・・なつかしいな・・・気が付かんかったわ。なつかしいなー・・・って。い、要らんよな。」
「すいません。あとのは小さいんで自分で買いに行きます。」
「あ、そうね。」
「ありがとうございました!」
「あ、いや、こちらこそ、ありがとうございます!」
商談は見事に成立した。
少し潤ったので
ビールを買いに出掛けたどうしようもない私。
久々のビールだ。高級品だ。
バイトもない。6本セットだ。
久々にゆっくりと飲もう。
窓からの日差しが春めいているのに気が付いた。
窓を開けた。
あらら?
少し桜が咲きかけているではないか。🌸
ここに来た時の見事な桜を思い出しながら飲んだ。
いろんなことがあった一年を振り返った。
いろんなことがあったが、
たった一年間かと思うと
この先の人生に気が遠くなった。
わたしはまだまだこれから
たくさん生きなけばならないのだ。
手放したくない大切なものを
ずっと見ていたい気持ちもある。
でもそれよりも
もっと色んな場所に行って
色んなものを見たいという気持ちのほうが
優っていた。
大切なものを抱えきれずに
ボタボタと脇からこぼれ落としながら歩く。
勿体無い気もするが
どちらも得る方法を私は知らない。
そんな私はまた次へと進む。
それが前だと信じて。
〜つづく〜
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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。
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