オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その3
3. 名曲の作り方
カナダ行きは一年後に先送りになってしまった。
『一年後でもいいからカナダに来たいという気持ちがあるのなら
いつでも連絡してくださいね。』と言われて。
呆然となる私。
一緒に行こうと言ってくれていた友人常盤木氏は
普通に大学と彼女の部屋に通う毎日に戻った。
いや失礼。
まだ行ってもいないのだから
戻ったのでもなかった。
私はと言えば、その友人の大学にコッソリと入り込んで
大学生のフリをして図書館で本を読んだり
食堂でご飯を食べたり飲んだりして過ごした。
またまた何の目的もなく生きている。
偽モラトリアムだ。
もぐりモラトリアム直樹だ。
やはり進路を考えた方が良さそうだ。
一年後にはカナダが沈没しているかもしれない。
どんな波でもいいからもう一度乗りたい。
波乗りが癖になってきたようだ。
しかし、
カナダの案件よりも興奮する仕事なんて
もう見つかりっこないだろう。
なんかもう求人雑誌を買う気分には
なれなかった。
別の雑誌を買おう!
やっぱり音楽だ!
音楽雑誌だ!
私はミュージシャンに
なりたかったのだ!
忘れていた!
こういう時はギタリストらしく
【ギターマガジン】を買うべきだ。
なけなしの千円札でギターマガジンを買った。
『自費でCDを作りませんか?デビューのチャンス!』
という広告がやたらと大きくて目立つ。
それがデビューすることなのかどうかわからなかったし、
チャンスを掴む前にまずは
自分のオリジナル曲を作る必要が私にはあった。
私は有名なギターリストにも
音色の素晴らしいギターにも
興味は無かった。
ビートルズがどうやって曲を作ったのか?
どんな経験を歌に変えたのか?
浮かんだメロディーにどうやってコードを付けたのか?
そんなことが知りたかった。
どんなギターを使っていたのか?
メーカーはどこの?
いくらするのか?
そんなことは本当にどうでもいい。
ポール・マッカートニーのインタビュー記事を
思い出す。
記者「ポールさんはどこのベースギターをお使いですか?」
ポール「んーとね、弦が4本あってね、小さめで、茶色くて、
すごく良い感じのやつ。えっ?あ、名前?いや、知らない。」
名前も種類も値段も
どうでも良いということが分かる記事だった。
私は同感した。
なんなら演奏のテクニックもどうでもいい。
私が知りたいのは
どうやって、あの曲やあの歌が出来たのかだ!
それが知りたいだけだ。
買った雑誌には残念ながら
その手掛かりになるような記事は無かった。
事細かに、どうやって曲を作ったのか書いた文章には
まだ一度も出会ったことがない。
確かに【秘伝のタレ】の作り方を教えると、
秘伝にはならないのかもしれない。
あー。誰か教えてくんないかなぁ。
出来ればジョン・レノンあたりがどこかで
語ってくれてないかなぁー。
一度床に投げた雑誌をまた拾って読んだ。
雑誌は広告だらけだった。
そんな広告と広告の間に
私の目を釘付けにした広告があった。
『音楽学校の学生募集』の広告である。
音楽家になるための国立音楽大学とかではなく
もっとカジュアルに軽音楽を学べる学校が存在することを知った。
言うなれば専門学校だ。
行ってみたい気もする。
高卒の私が専門学校に進学する。
それは順当な進路とも呼べる。
そこにロックだましいは全くなく、
音楽すらも関係なかった。
でも、
行ってみたい気もする。
ジョン・レノンも19歳でアートスクールに通っていたではないか。
曲作りのヒントを得られるかも知れない予感がする。
学費か。
お金はもちろん掛かる。大金だろう。
もう親に進学したいから学費を出して欲しいとは
言えない歳のような気もしている。
気になる音楽学校の広告。
飯を食った後も、またチラチラと読んでしまう。
ん?
小さな字まで読むことにした。
『学費《免除》制度あり』
キター!《免除》だってさ!やっほーい!
この世は私の為にあるのかと思うほどの
タイミングの良い広告。
もうこの雑誌からはギターの奏法やら音の良さやら
歌の旋律とかは学べない。
広告から学ぶのだ!
どれどれ。
なぜ学費が免除になるのだろう・・・
ふむふむ。
『新聞奨学生なら働きながら学校に行けます!
学費は新聞社が全額負担!さらに生活費も支給!
遠方の方は新聞販売店が住居も提供!食事も付いてます!
かばんひとつで上京出来ます!』
なんと小さい字。
若者にしか読めないようにしているのだな。
そうか、そうか。
新聞配達さえすれば
一人暮らしができて飯も付いてきて学校にも行ける。
親にお金の相談をもうしなくても良いというわけだ。
完全に独立の自立だ。
決まった。これにしましょう。
これください。
注文は決まった。
次の人生はこれだ。
早速電話した。
「資料を送ります。」とのこと。
ワクワクが止まらない。
資料がまだ届いていないうちから
さっそく親に言った。
「俺、専門学校に行きた・・・。」
「お金ないで!!!!」
早い!
まだ「行きたいねん。」と言い切る前に
「お金ないで!」を入れてきた母親。
私はすぐに言い添えた。
「いや、学費は新聞配達しながら住み込みで
そのお店が払ってくれるらしいねん。学費免除で学校行けるねん。」
一言にまとめてみた。
「なんか知らんけど、それやったら良いんとちゃう?好きにしたら。」
放任主義の親のおかげで
あっという間に行く手筈が整う。
ワクワクな資料が届いた。
ちゃんとしたカラーの厚いパンフレットだ。
仕組みが図解で載っていて分かりやすい。
新聞社が学費の全額を払ってくれる。
そのかわりに在学中に新聞配達をする。
どこの新聞店で配達するかは音楽学校からの距離などを考えて
新聞社が決める。
雑誌の広告に載っていた学校は東京だった。
このパンフレットにはもう一つ神戸の学校が載っていた。
大阪には無いのか。
ひとりになるか。
これで名曲が作れるかも知れない。
神戸なら中途半端だ。
東京にしよう。
でも一年間だけかも知れないぞ。
カナダに行けたらカナダに行こう!
もし行けなかった場合でも
音楽家を目指して上京したことになる!
スターによく見るかっこいい人生のはじまりではないか。
よしよし。決まったぞ。
いい波に乗れたようだ。
そんな私はまだギターの練習も英語の勉強も
全くしていなかった。
こうして偶然にも
【ミュージシャンを目指して上京する若者】
というカッコ良くて、ありきたりのシナリオに
乗っかってしまった。
届いた資料のうち、白黒のほうの書類には、
あまり目を通さずに、
サインしてツバ付けてハンコを押してもらって提出。
あっという間に進路が決まった。
新聞店は東京の新宿のお店に決定。
音楽学校は東京の中野にある。
あとは布団だけ先に新聞店に宅急便で送っておけば
寒さに震えることはないだろう。
手荷物はギターとパンツだけでOKだ!
これできっとウェルカムだ!
いざ東京へ。
〜つづく〜
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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。
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