風と遊ぶ赤い風船

カウンセリング4回目。書き留めることが難しくなってなかなか筆が進まない。

この日は映画ルックバックをみた直後だった。

この映画を作ろうとした人たちの、原作と登場人物たちへのリスペクトが絶え間なく伝わってくる。映画を見ているあいだ、ほとんど泣きっぱなしだった。ふたりの仕草とか、ものの言い方とか、画角とか、表現全てが訴えかけてくる。
もともと原作は読んでいたので、その素晴らしさはわかっているつもりだったけれど、映画はつくる人たちの思いがさらに上乗せされていた。それは、まさにルックバックのストーリーとリンクする。見ている私たちは、つくり手へのリスペクトを感じずにはいられない。

というわけで、心がまだゆらゆらとしている状態のままカウンセリングが始まった。

「今日はいかがですか? どんなことから始めましょうか」といつものとおりゆかりさんがやさしく問いかけてくれる。

映画の内容を思い出して、鼻をすすりながら「昨日見た映画で…」と話続けた。デザインの仕事をしていたこともあって、自分を重ねずにはいられなかった。

https://note.com/sukejiru/n/n99faca2e945a

仕事をやめるときに、むりやり剥がして、ゴミ箱にすてた執着心の塊。それはまさに私の仕事へのプライド、喜び、すべてだった。ルックバックの話をすればするほど、ゴミ箱に捨てた塊の中から、赤い風船がふわ〜〜っと浮かび上がってきた。

この風船のひもは執着の塊にくくりつけられている状態だ。「この風船は遠くにいかないように、重りが必要なんです」私は、ゆかりさんに伝える。

「ああ、重りが必要…」「そうしないと、どこへ行ってしまうかわからない。風船には自分の意志がないんです。決して自由ではないから。勝手に浮き上がって、地上を離れてしまうのが怖い。もどってこれなくなるのが怖い」

「ああ、そうでしたか…風船は、地上を離れてしまうのが怖いんですね。自分がどこに行ってしまうかわからないから。…カメさん、私から提案なのですが、重りをとらなくていいので、ひもをながーくしてもう少し風船の動きを見てみませんか」

「わかりました…」私は風船のひもを長くした。
風船はふわふわと空に登っていく。「この様子を見ていて、どんな感じがしますか」ゆかりさんに問われた。
「…風と遊ぶことができるんですね。確かに風船は自分で行くところを決めることができません。でも、風とは友だちなんだと思います。風船の舞う姿を見るまで、風がいることを私は意識できませんでした。風がいてくれるなら、重りはなくてもだいじょうぶです」
私は風船のひもにくくりつけられた重りを解いた。風船は風と自由に戯れていた。私はこの風を心から信頼した。だから風船はだいじょうぶだと思った。
「ああ、風船、楽しそうですね。今、カメさんにむかってなんと言っていますか?」またゆかりさんが問う。

私は耳をすませた。風船は「笑っていて」と言った。
ルックバックの京本の笑顔がよぎった。あの笑顔だ。藤野と喜びをわかちあうあの心からあふれる笑顔。これがすべての原動力なのだ。

私は仕事を、執着心を自分のために捨てたけれど、この仕事を心から愛していた。ワクワクして楽しさと喜びに溢れていた。仕事だけど思いっきり遊んでいるような感覚。何時間でもがんばれた。それはあの時間場所でしか体験できない。だからあの場所を守りたかった。でももう二度と戻ることはない。私は戻らない。

「あのときは良かったね」とか、センチメンタルに哀愁とかを味わえと言っているのではない。
風船から受け取ったメッセージは「笑っていて」なのだ。心から笑う。喜びを分かち合う。場所がなくなろうが、ひとりになろうが関係ない。過去ではない。今も「笑っていて」なのだ。あの経験は、パワフルでエネルギーがあって、なくなってもなお、あり続ける。今をゆるがないものにしてくれる。

そうやって生き続けろ、もっと遊べ、表現しろ、ということだと、私は受け取った。
藤野がエンドロールでもなお、描き続けているように。

ただの偶然にすぎないけれど、外の世界のいろいろな出来事は、ベストタイミングで私にメッセージを送ってくれているのだなと思う。
そのことにどこまで気づくことができるか。内と外をいったりきたり、重ね合わせて味わうのは面白いものだ。

セッションのあと、今日の感想をゆかりさんに伝えた。「地に足がついてなくて怖かったのは、風船ではなくて私の方だったのかもしれないです」
私が「地に足のつかない、自分の意志で動けない子」と風船を決めつけていたのだ。しかしそれは違う。風船自身は何も怖がっていなかった。風がいてくれることを、最初から知っていたのだと思う。

ゆかりさんは「ああ、風船ではなくてカメさんが怖かった…。うん、次回以降ですが、今日出てきた重りに、聞いてみるのもいいかもしれませんね」

イメージの世界に出てくる登場人物たちは、いつも私に語りかけてくる。重りもまた、なにかを伝えようとしている。それを私はありのまま聞くことができるのだろうか。カウンセリングは続く。

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