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摂食障害治療におけるサイケデリック治療

摂食障害は、身体的・精神的健康に重大な影響を及ぼす深刻な疾患群です。世界で約1億6400万人が罹患し、神経性無食欲症(AN)、神経性過食症(BN)、過食性障害(BED)が主な病型です。現在の治療選択肢は限られており、特にANに対する薬物療法の効果は低く、再発率も高いことが課題となっています。一方、サイケデリック支援療法(PAT)は、うつ病やPTSDなど、摂食障害の一般的な併存疾患の治療において有望な結果を示しています。

1950-60年代には、約4万人の患者を対象とした1000以上の研究が実施され、特にLSDのアルコール依存症への効果が示されました。近年の研究では、ケタミン、MDMA、シロシビン、アヤワスカなどを用いた臨床試験や観察研究が行われています。予備的な結果からは、特にANとBNに対する有効性が示唆されており、複数のフェーズII/III試験が進行中です。

治療メカニズムの理論的根拠:

  1. ボディイメージの改善:
    摂食障害患者における歪んだ身体認識は、高次の予測的信念(プライア)によって維持されています。サイケデリクスはこれらの固定的な信念を弱め、新しい感覚入力に基づく更新を可能にします。神経画像研究では、内受容感覚や自己参照処理に重要な島皮質の活動変化が確認されています。

  2. 報酬処理の正常化:
    摂食障害では報酬系の機能異常が特徴的です。ANでは報酬の「汚染」(通常は不快な刺激が報酬として処理される)が見られ、BNとBEDでは食物報酬への過剰な反応性が観察されます。サイケデリクスは線条体やドーパミン系に作用し、自然な報酬への反応性を回復させる可能性があります。

  3. 行動と認知の柔軟性向上:
    ANは特に認知の硬直性が特徴的で、しばしば強迫性障害(OCD)を併存します。サイケデリクスは固定的な思考パターンを緩和し、新しい対処戦略の獲得を促進します。一方、BNとBEDでは衝動制御の改善に働きかける可能性があります。

  4. トラウマ処理の促進:
    摂食障害患者の9.4-24.3%がPTSDを併存しており、トラウマ歴は症状の重症度と関連します。PATは、特にMDMAを用いた場合、再トラウマ化のリスクを最小限に抑えながらトラウマ処理を促進する可能性があります。

摂食障害患者特有の注意点として、以下が挙げられます:

  • 若年発症が多いことによる発達への影響の懸念

  • 極度の低体重や再栄養症候群のリスク

  • 併存する双極性障害や人格障害への配慮

  • セロトニン作動薬との相互作用のリスク

予備的なエビデンスは、PATが摂食障害、特にANとBNの治療に有望である可能性を示しています。今後の研究では、特定の患者群に最適な薬物の選択や、安全性プロファイルの確立が重要な課題となります。

Calder, A., Mock, S., Friedli, N., Pasi, P., & Hasler, G. (2023). Psychedelics in the treatment of eating disorders: Rationale and potential mechanisms. European Neuropsychopharmacology, 75, 1-14. https://doi.org/10.1016/j.euroneuro.2023.05.008

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