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映画「グレート・レース」1965年アメリカ

ホイチョイ・プロダクションによるYouTube動画「ホイチョイ的映画生活-この一本-」で、ホストの馬場康夫氏と、脚本家の三谷幸喜氏が、この作品について楽しそうに語っていたんですね。
本作がコメディ映画であることは知っていたのですが、なにせ2時間40分という長尺の映画でしたので、なんとなく今まで敬遠していたのですが、WOWOWで録画したDVDがあったのを思い出して今回引っ張り出してきました。
しかし見始めてしまえば、インターミッションの入る長丁場もなんのその、途中でダレることなく一気に見てしまいました。

本作は、1965年に公開されたアメリカのテクニカラー映画で、ブレイク・エドワーズが監督を務めたスラップスティック・コメディです。
主演はトニー・カーティス、ジャック・レモン、ナタリー・ウッドで、ヘンリー・マンシーニが音楽を担当しました。ナタリー・ウッドの衣装を担当したのはイーデス・ヘッド。

この映画の下敷きになったのは、1908年に開催された「ニューヨーク~パリ大自動車レース」です。
このイベントは、自動車技術と道路インフラがまだ発展途上だった時代に行われた、壮大で過酷な国際競技でした。ニューヨークのタイムズスクエアを出発点とし、アメリカ大陸を横断してサンフランシスコへ向かい、その後アラスカからベーリング海峡を渡り、シベリア、ロシア、ヨーロッパを経てパリのエッフェル塔をゴールとするというもの。全行程は約22,000マイル(約35,000キロメートル)、169日間に及びました。
映画のストーリーも、ほぼこの行程をなぞっています。
この年の、10月にはアメリカでT型フォードが発売されており、まさにモータリゼーションの開幕を告げるようなイベントだったわけです。

しかし、このレースを、監督のブレイク・エドワーズはかなり緩く解釈。
徹底的なスラプスティック・コメディとして、ショーアップしてみせました。
エドワーズは、サイレント映画時代のコメディやその象徴的な要素に深い敬意を抱いたようで、本作はサイレント映画のコメディアンであるスタン・ローレルとオリバー・ハーディに捧げられています。

映画には、視覚的なギャグやスラップスティック、パロディなど、サイレント映画の伝統的な手法が数多く取り入れられています。
いま改めてみると、ドリフターズのコントが、本作にかなり大きな影響を受けていることがわかりますね。
「ティファニーで朝食を」「酒とバラの日々」などで名を挙げていたエドワーズは、本作において「史上最も壮大で面白いコメディ映画」を作ることを目指しており、西部劇の酒場での乱闘や剣術戦、史上最大といわれたパイ投げシーンなど、かなり大掛かりでコミカルなギャグを本作にこれでもかと詰め込んでいます。
制作予算は、当時のコメディ映画として史上最高額である1,200万ドルに達し、映画は公開時に興行収入で一定の成功を収めたものの、高額な制作費を回収するには至らず、結果的には赤字になっています。
コメディ映画ではありますが、製作費を出した映画会社としては、笑い事ではないだろうという作品が本作でした。
同じ時代に、湯水のように製作費をつぎ込んで大コケした「クレオパトラ」という大赤字映画がありましたが、本作も、映画史上でも特筆すべき「豪華さ」と「リスク」の両面を顕在化させた作品だったと言えます。

物語は20世紀初頭、ニューヨークからパリまでの世界一周自動車レースを舞台に展開します。
主人公の「グレート・レスリー」(トニー・カーティス)は白いスーツをまとった正義のヒーローで、彼のライバルである「フェイト教授」(ジャック・レモン)は黒い服を着た典型的な悪役です。
レスリーは自動車メーカーにこのレースを提案し、自らの車「レスリー・スペシャル」を開発。
一方、フェイトも「ハンニバル・ツイン8」という独自の車を作り、競争に挑みます。
さらに、女性参政権運動家で新聞記者のマギー・デュボア(ナタリー・ウッド)が記者としてレースに参加し、自らも運転手となります。
物語はアメリカ西部の町やアラスカの氷原、ユーラシア大陸を横断する冒険を経て進行し、途中ではサロンでの乱闘や氷山漂流、ヨーロッパ某国での国王身代わり騒動など、多くのコミカルなシーンが次々と展開されます

主演コンビのトニー・カーティスとジャック・レモンは、ビリー・ワイルー監督の「お熱いのがお好き」でも共演した名コンビ。
トニー・カーティスが演じた冒険家グレイト・レスリーは、「お熱いのがお好き」のサックス奏者ジョーと同様、女性にモテモテの色男です。
ここぞというときに、その目がキラリと光るギャグは、「いかにも」という感じで笑ってしまいました。

しかし、その彼よりも、圧倒的に弾けた怪演を見せたのは、フェイト教授を演じたジャック・レモンでしょう。
フェイト教授は助手のマックスと一緒になって、あの手この手で、宿敵レスリーのパフォーマンスを邪魔しようとするのですが、ことごとく失敗。最後は自滅するという繰り返し。
助手のマックスを演じているのは、コロンボ刑事になる前のピーター・フォークでした。
この顛末が、ジャック・レモンのオーバー・アクトと、ピーター・フォークのとぼけた演技が絡みあって、まあおかしいのなんの。
ジャック・レモンがなんとも楽しそうでした。
映画のストーリー的に言えば、本作では、レスリーが主役で、フェイト教授とマックスの悪役コンビは脇役という設定になるのですが、キャストのクレジットのトップは、ジャック・レモンになっていましたね。
それもむべなるかな。

そして、この三人に絡むのが、女性レポーター役のナタリー・ウッド。
彼女が演じるマギー・デュボアは、女性参政権運動家であり、男性社会に挑む独立した女性として描かれています。
また、彼女だけでなく、他の女性キャラクターが女性参政権運動に積極的に関わる姿も、かなりデフォルメして描かれており、1908年にイギリスで婦人参政権運動が起こったことを上手に取り入れて、本作の「隠しテーマ」にしていました。
ただ本作撮影中に、彼女はトニー・カーティスともめたり、その他いろいろな問題を抱えていたそうで、そのストレスにより、撮影終了後は薬物過剰摂取で病院に運ばれる事態となったとのこと。
それでも、撮影をやり遂げるあたりは、子役の頃からこの業界で生きてきた彼女のプロ根性の賜物といえるでしょう。
映画の後半で、彼女がギター(?)を弾きながら歌うシーンがあります。
これは実際に彼女自身が歌っていますね。
ちょっと思い出してしまったのは、彼女の代表作「ウエストサイド物語」で彼女が「トゥナイト」を歌うシーンです。
彼女はこのシーンのために歌の猛レッスンをして撮影に臨んだのですが、最終的にそのシーンは、歌手のマー二・ニクソンによって吹き替えられています。
彼女にしてみれば、本作でやっとその成果が披露できたというわけです。

本作の後半で、架空の国カルパニアで展開されるプロットは、1937年の映画「ゼンダ城の虜」へのオマージュ。
この映画は、アンソニー・ホープの1894年の小説を原作としたアメリカの冒険ロマンス映画です。
偶然にもある国の国王と瓜二つであることが判明する主人公。
国王は戴冠式前夜に毒を盛られ意識不明になってしまいます。
国王の側近たちは、主人公に国王の身代わりを頼みます。
戴冠式は成功しますが、彼は国王の婚約者と恋に落ちてしまうという展開。
本作では、ジャック・レモンがこの二役を、地声をオクターブ上げて、嬉々として演じています。
「ゼンダ城の虜」の見せ場の一つが、主人公ロナルド・コールマンと剣豪俳優ダグラス・フェアバンクスJr. によるフェンシング決戦。これも本作でもキッチリと再現されています。
このシーンで、トニー・カーティスはなかなか達者な剣さばきを披露。
彼にとっては最大の見せ場になっています。

しかし、それよりも凄かったのは、ラストに展開される史上最大といわれたパイ投げシーン。
コメディ映画のラストは、もうこれしかないだろうといわれるくらいにカオスなシーンになっていました。
このクライマックスシーンは、わずか4分間の映像であるにもかかわらず、撮影期間は5日間。
このシーンではなんと約4,000個もの本物のクリームパイが撮影現場に飛び交いました。
観客はただただ腹を抱えて笑うシーンなのですが、撮影はまさに命がけ。
ジャック・レモンはパイが顔面に当たった衝撃で何度か気絶し、ナタリー・ウッドはパイが口に入って一時的に窒息しかけました。
さらに、週末を挟んだことでパイのクリームが腐敗し、セット全体が悪臭を放つ事態となり、再度セットを清掃して撮影をやり直す事態へ。
抱腹絶倒のシーンにもかかわらず、現場で笑っているスタッフは一人もいなかったようです。

ところで、映画を鑑賞中から気になって仕方がなかったことがひとつ。
映画を見終わると、すぐにYouTubeで検索をしました。
それは、子供の頃に見た「チキチキマシン猛レース」というアメリカ製のアニメです。
ありました。ありました。
『チキチキマシン猛レース』は、アメリカのアニメ制作会社ハンナ・バーベラ・プロダクションが制作したコメディアニメで、原題は『Wacky Races』。
1968年から1969年にかけてアメリカで放送され、日本では1970年に放送されました。
その年に僕は11歳でしたね。
主題歌も、野沢那智氏の実況アナウンスもしっかりと覚えていました。
全34話で構成され、個性的な11台のレーシングカーとそのドライバーたちが、毎回異なるコースで順位を争う内容です。
このアニメの主役といえるのがブラック魔王&ケンケンの悪党コンビ。
妨害工作を得意としますが、毎回失敗して最下位になるというのがお約束の展開。
まさにこの悪党コンビが、本作のフェイト教授と助手のマックスそのまんまなんですね。
そこで、この動画で確認したかったのは、この悪党コンビが毎回搭乗していたゼロゼロ・マシンのフォルムです。
案の定でした。
車の先のドリルなど、本作で悪役コンビ二人が乗っていた「ハンニバル・ツイン8」の影響大でしたね。
「ハヒハヒヒヒ」と笑うブラック魔王の相棒ケンケンは喋る犬でしたが、やはりその雰囲気はどことなくピーター・フォークを彷彿とさせます。
物語の展開といい、キャラクター設定といい、子供の頃にテレビにかじりついてみていた「チキチキマシン猛レース」は、あきらかに本作からインスピレーションを得て出来たアニメと言い切って間違いなさそうです。

これは「いい意味」でいいますが、これだけバカバカしい映画に、これだけバカバカしいくらいの予算をつぎ込めるアメリカ人の経済感覚と、ギャグセンスは、もはやバカバカしいを通り越してグレートレース!

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