『キャップとライター』 試し読み
9/8(日)の文学フリマ大阪12で頒布するフリーペーパーのサンプルです。
冊子全体で60頁になったので100円に値上げします。コピー本です。
「キャップとライター。安藤はなんだと思う?」
バス停から学生マンションまでを歩いただけで出る汗を拭いながら、私は川井田の言葉の意味を考える。
キャップとライター。いったい何のことか。大学の話ではないだろうからこの家のことだろうか。川井田は喫煙者だからライターは身近だろう。しかしキャップは……。彼女の家にやってきて、玄関先で靴も脱がないままキャップを探した。下駄箱の上には雨具といくつかの帽子。それからひょろりと細長い観葉植物があって、日照不足を示している。彼女が電気を付けないので廊下は暗い。灰色から黒で塗られているようで、細部の判別が難しい。ゆえにペットボトルのキャップは見当たらず、帽子の山の中にキャップがあるかも定かではない。
「なにそれ」
「まあ、上がりなよ。夜なのに暑いよね」
私は素直に頷いて、慣れない鍵を手探りでかけて靴を脱ぐ。それらを黙って待っている川井田は黒が似合う人だ。荒れた黒髪はうねりながら伸びていて、今日は黒いキャミソールを着ている。蛍光灯の下だと特に肌の白さと唇の赤が際立って、それがなんだかかっこいいのだ。玄関の暗さも、似合うとわかっていてやっているのではないかと思うことすらある。
キッチンのそばを通り、光を遮ぎる扉の奥へ。今日はやけに片付いていて、とても広く見えた。冷房の効いた部屋に息をつき、ローテーブルの前に座る。
「はるちゃんは?」
はるちゃんこと天野はるかは私たち共通の友人だ。実家住まいの彼女だが、遠いのを嫌って忙しい時期はこの家に転がり込んでいる。しかし、川井田の家で遊ぶ時もたいてい泊まっていくので、ここに住んでいるような錯覚を起こしている。
今日は川井田の後ろから、ひょっこり顔を出していたはずなのだが。
「天野はね、帰ったよ」
「嘘。明日までいるって聞いてたんだけど」
携帯は午後七時過ぎを示している。そのままLINEを開けば、はるちゃんから『時間稼いで!』とのメッセージ。『どういうこと?』と返事をし、川井田には「何かあったの?」と聞く。
「ちょっとした謎。まあ聞いてよ。今日、起きたら昼過ぎだったわけだけど──」
川井田がペットボトルの緑茶をグラスに注いでくれた。
ミステリー合同誌のうちの一篇であり、もう一つのサンプルはこちらから。
他にも既刊や前回までのフリーペーパーも持っていきます。
詳細は電子カタログまで。
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