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友人が猫を拾った話



今朝、シェアオフィスに行くと受付のMちゃんが不安そうに慌てていた。聞くと「子猫を捕獲しなくちゃいけなくて」とのこと。子猫......?

私が利用するこのシェアオフィスは90年前の産婦人科を改築した建物で、趣ある庭には樹々とテラスがひろがる。その庭で昨日からずっと、猫の声がし続けていたらしい。昨夜はMちゃんと、シェアオフィス常連のKさんとで2時間かけて捕獲しようと奮闘したらしいけど叶わず、今朝になってもまだその猫は庭で鳴き続けている、という状況だった。

それを聞いた私が、オフィス一階でコーヒースタンドを営む友人「アベちゃん」に状況を伝えると、アベちゃんは颯爽と庭に向かった。

外は雨。
ニャー、よりも高く細い、キぁーキぁーという声が雨音に混じって響き続ける。猫に詳しくない私でもかなり小さい子猫なのでは?という声の幼さ。エアコンの室外機付近から聞こえていて、その奥を見ると猫発見。ここではじめて姿が見えた。白と焦茶と黄土色が混じった子猫。首輪はない。アベちゃんが体を捻り入れ捕まえようとするも一瞬で逃げる。軒下に入ってしまい、うろたえる私とMちゃん。そんななか、迷わず猫の逃げた方向に駆けるアベちゃん。

ここで改めてアベちゃんの紹介をしたい。
アベちゃんと私が出会ったのは10年くらい前で、彼女が超多忙なグラフィックプロデューサーだった頃、共通の友人たちと開催することになったフェスのスタッフとして出会った。頭の回転が早く、取捨選択への厳しさを持ち、無駄なことを嫌い、つべこべ言わず自分が動く、という気風の良い彼女は私とほぼ同い年で、2年前からアベコーヒーというスペシャルティコーヒーの店を構え、人気が絶えないなか去年秋には食堂もオープンさせた。アベちゃんがいるから私はこのオフィスを借りているようなものであり、自分が好きなことをとことん追求しつつも面倒見が良く、街中から愛される彼女の屈託なさと面白さ自体がこのオフィスの看板みたいになってる。

そんな彼女が、軒先から逃げていった猫の方向に走ってわずか5秒。くったり身体が濡れた猫の!首を!掴んで!普通に私たちの目の前に戻ってきた。「っっっっ?!?!」その手速さと、首をつかまれる猫の小ささと、宙で足を動かす猫の生命力に感情渋滞して絶句する私。玄関(アベちゃんの店の前)に戻り、猫は段ボールに入り、アベちゃんは瞬時にタオルやキャットフードや猫用ミルクを買いにでかける。

そのあいだも猫の鳴き声はシェアオフィス中に響きつづける。ふとスマホで拾い猫について調べてみると「猫を保護した場合どこに連絡すべきか」かなどが出てくる。連絡してどこかの団体に預けたら、そのあとどうなるのだろうか?首輪はしてないし飼い猫ではなさそうだし親猫も近くにいないけど、もし飼い主が見つからなかったらこの子はどうなるんだろう?と、心細くなる。段ボールから鳴きつづける猫を、Mちゃんが試行錯誤しながら見てくれてる。離れたところから私は眺める。かわいい。正直わたしは完全な犬派であり、実家で飼ってた犬が野良猫に襲われたことがあるから猫には苦手意識しかなかった。が、かわいい。

アベちゃんが戻り、猫、ごはんを食べる。
毛が濡れているときはかなり弱ってるように見えたけど、全身ふかふかに乾いて、Mちゃんや昨夜Mちゃんとともに捕獲に挑戦したKさんが撫でると気持ちよさそうに顔をゆるめる。身体もきれいで元気そう。最初はそこまで食べなかったけど、アベちゃんが鼻付近にごはんをつけると、舌をぺにゃっとさせてごはんを舐める猫。目の青が深い。肉球小さい。段ボールの外に出ようとする所作が激しい。足が短い。気づけばオフィスの人たち何人かが猫の声につられてダンボールをのぞきこむ。

この猫をどうするか?

と、人もまばらになったときに聞いてみると、Kさんの知人でちょうど猫を飼いたい人(最近まで長い間猫を飼っていた人なので家には猫が住む環境が整っている)がいるらしい。ひとまずKさんが、その人に猫写真を送り返事を待つ。その人が飼うか、もしくは、まさか、アベちゃんが飼うか?という話になる。ちなみにこの瞬間まで私は知らなかったけど、アベちゃんは、アベちゃんが2歳のときに連れて帰った捨て猫を実家で20年近く育てていたらしく、だから猫の扱いに慣れているのだった。しかも彼女は最近広いお家に引っ越したこともあり、将来的に猫を飼いたいなあとは思っていたらしい。とはいえ、新しいお店も始めたばかり、経営者としても35歳の人間としても、色々と忙しく責任もあるアベちゃん、簡単に飼うとは言えないだろうけど、でも......と、甘えるようなニアアという声が響くなかで「どうしようか」という空気が続く。そんななか、Kさんの知人から返信。その方は飼いたいらしい。だけど、もし他に飼いたい人がいれば、譲ります、とのこと。つまりアベちゃんが飼うと言えばアベちゃんが飼い、アベちゃんが飼わないといえばその人が飼うことになる。

そのとき、Kさんとアベちゃんは、店のカウンターを挟んで向き合って話していた。ふたりのちょうど真ん中であるカウンターに私は座って、ふたりのやりとりを見あげていた。そのなかで、ふとアベちゃんが言葉を止め、おもむろに猫のほうに向かい、しゃがみこみ、猫に対して、「君はうちの子になりたいのかな?どうなのかな?」と聞きにいく。一瞬の沈黙。そしてそのわずか約2秒後、アベちゃんはゆっくり立ち上がり、Kさんのほうに向き、太い声で言い放ったのだった。スッと息を吸い込んだあと「わたしが飼います!」と。


なぜいま私が急いでこのnoteを書いてるかといえばこの瞬間こそを出来る限り鮮明に文章に残さなくてはと強く思ったからだ。それほどに心の奥底が揺れて地割れするかと思った。「わたしが飼います!」の瞬間、まぎれもなく私の鼻の奥はねじれるほど酸っぱくなり、目の奥が膨張して息苦しくなり、歯をくいしばった。なんとかこらえながら私はアベちゃんに「じゃあ、写真撮ろう」と言った。いやいいよ、とアベちゃんは断りかけたが私は「これは今日しか撮れないから」と言っていた。言いながらさらに酸味が増した。私は猫をひょいと抱いたアベちゃんと、アベちゃんに絡みつくように甘えた声を出す猫にスマホを向け、顔に力を込めながらシャッターを切り続けたんだけど、途中から全然ダメになってぼろぼろと感情が溢れてしまいマスクがびしょびしょになり止まらない。


目の前で無邪気にたわむれる猫。
この小さい命が、このさき10年も20年も、アベちゃんとともに生きていくのか、と突然思ったらその長い長い未来がありありと浮かんだ。そしてそれを眺めながらこの猫とアベちゃんはいまここで「家族」になりはじめたんだ...という事実の重厚さに圧倒された。しかもこの先この猫は、少し神経質で暖かく人情味あふれるこのアベちゃんに、徹底的に愛されて、絶対的に幸せに生きるのか!という安心感と多幸感で胸がいっぱいになった。

と、同時に。わたしは、高校生の時に実家にきた最愛の犬のことも思い出してしまった。その犬はシュナといい(言うまでもなく犬種はシュナウザー)我が家ではじめて飼った犬だった。シュナは家族の一員だった。旅行もたくさんいった。一家の大黒柱がシュナであり、シュナを中心にして過ごすのが私たちの幸福だった。その時間は15年足らずだったけど、わたしの人生において太い太い宝物となった。思い出がありすぎるというか、日常丸ごとがシュナとあった。シュナが死んでしまったとき私は地元を離れていたけど、当時の社長が「すぐに実家に帰って」と言ってくれて駆けつけた。

最後の重みと、最初に抱いた重みが、いまもわたしの腕にある。

私は猫を飼ったことはないけど「生き物と暮らす」ということ、小さな命と共に生きるということが、どれほど重く長い道であろうことか、少しは分かってるつもりだった。その太い太い猫とのストーリーがまさに今ここで、幕を、開けたのか!ということ、そして小さいながらも必死に鳴き続けたこの最も大事な「命」というものの強さを改めて実感したのだった。みずみずしくて、一瞬一瞬前に進んで、とりかえしのつかない、わずか730gの存在!

個人的にこの半年自分の選択に悩むことが多くむずかしいことばっかり考えてたけど、こうやって、愛しいとか、かけがえないとか、あたたかいとか、大切にしたいとか、そういうことこそ、ものすごく大事だよなと胸をつかれた。ごはんを食べた猫、気づけばふにゃふにゃと眠っていた。


すぐに動物病院に連れて行き、大切に育てていくそうです。お店の売上は今後だいぶこの猫に注がれると思いますので、お近くに来た際は溝口「アベコーヒー」にお立ち寄りください。というアベちゃんのお店の宣伝で最後は締めたいと思います。

最後の最後に。
高校生の頃、クラスメイトのEちゃんが教室の片隅で「犬っていうのは、重さが愛しいんだよね」と言った。どういうこと?と聞くと「膝に乗せたときとか、抱っこしたときの重さ自体に、愛しいって感じない?」と言われて、その日からずーっと、生き物のかけがえのない重さに特別な思いを抱くようになった。この猫もきっとどんどん重みを増していく。

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アベちゃんのお店↓



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