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【小説】アルカナの守り人(19〜26)
<幕間>
風で木々が揺らめいている。時折、その木々の隙間から光が差し込み、ちらちらと顔を照らしてくる。
フウタは、眩しそうに目を細めながら、空を見上げた。上空では、鳥たちが忙しなく飛び回り、視界から消えては現れるを繰り返している。フウタは、大きく深呼吸をした。人工的な光源に「造られた風」だとしても、植物は、問題なく育っている。お陰で、ここはいつでも空気がうまいんだ。フウタは、思いっきり伸びをすると、再び、大きく息を吸い込んだ。
ここは、SDエリアと呼ばれている、ちょっと特殊な山中都市だ。何が特殊かというと、エリアのほぼ全域が、環境保護地域に指定されていた。他の山中都市は、大体、多層構造になっていて、階層を区切ることで、多くの人が住めるようになっている。上に行くほど、土地は狭くなるので、土地の値段も上がる。必然的に、お金を持つセレブたちは上の階層に住もうと躍起になる。それが、ステータスになるからだ。自然環境の再現という点では、どの階層も平等に恩恵に与れるので、階層にこだわる必要はないのだが、価値観は人それぞれだからな。そこにこだわる奴らにとっては、死活問題なんだろうと、フウタは考える。
最高層階には山中都市を管理するための重要施設がある。当然、立ち入り禁止。一応、どの都市にも、上層階に行くためのエレベーターは設置されているが、はっきり言って、最上階に行くことは、生涯なさそうである。
──というのが、多くの山中都市の話だ。一方、SDエリアは、ほぼ全域が環境保護地域に指定されているため、階層がなかった。つまり、ここ、今立っている地だけということである。一層を細かい地域に分け、多種多様な動物、植物を保護、管理していた。
そして、孤児院は、そんな保護地域の一角にあった。なんで、この地域にあるのか?という疑問の答えを聞いたこともあったかもしれない。しかし、その答えについては正直覚えていない。まぁ、聞いてみたものの、当時の俺は、大して興味もなかったということなんだろう。
そんなわけで、今、現在、ヒカリから「なんで、そんなことも知らないの?」と憐れみにも似た視線を送られているが、どうしようもないのである。
(そこってそんなに重要なところ?)
と、思わず、口に出したくもなるが、それを言ったら、なんか負けのような気がする。そんなわけで、フウタは、黙って歩き続けることにした。
孤児院が近づくにつれて、森は深くなり、緑は濃くなっていく。
「よく迷わないわね。」
ヒカリが辺りを見回しながら、不意につぶやいた。
確かに、舗装された主要な通りから逸れて、森の中に入っているので、どこも同じような景色だ。右を見ても、森。左も見ても森。似たような木々に囲まれて、太陽もどきの光源がなければ、方向さえ見失うかもしれない。そんな中、迷いなく進むのだから、不思議に思うのも無理からぬことだろう。
「ほら、あれだよ、あれ。」
フウタは、上空、前方奥の木々の先端を指差す。つられて、見上げるヒカリ。
よく見ると、白いモヤのようなものが見える。下から立ち上っているような…。あれは…煙? それから、時折、チカっと何かが煌めく。定期的に、光を反射しているようだ。
「あれは、孤児院の煙突から出ている煙だよ。それから、屋根にある風見鶏がさ。時々、光を反射するんだ。それを目印にしてるわけ。」
フウタはなんでもないことだと笑う。
…そうなの?
ある程度、建物に近づかないと光の反射なんて見えないんじゃないのかしら。 それに、風で流されたら煙の位置なんて、簡単に変わるわ。
…本当は、もっと違う、特別な理由があるような気がするけど。
そう考えながら、ヒカリはフウタをそっと見つめる。
フウタはその視線に気づいているようだが、特に気にするでもなく歩き続ける。これ以上、説明する気はなさそうだ。
ヒカリもその気配を察して、一旦は、フウタから視線を外す。しかし、一度考え始めたら、止まらない。
一体、どういう人なんだろう。この人と知り合ってから、なんだか、物事が動き始めた気がする。どうしてなのかな。単に運が良い人?
それとも、何か別に ───。
「──きゃっ。」
ヒカリは完全に無意識だったが、再び、フウタを凝視していたらしい。そのことに、はっと気づいたのは、何かに蹴躓いて、身体が大きく前にのめったからだ。 ああ、私ったら、全く前を見ていなかったのね。と、後悔したところでもう、遅い。後は、勢いよく地面にぶつかるだけ──。
ヒカリは強く目を瞑って、衝撃に備えた──のだが、いつまで経っても、その瞬間はやってこない。
「全く、何やってるんだよ。ちゃんと前向いて歩かないと。」
なぜか、フウタの声が頭上、息を感じられるほど近くから聞こえてくる。地面に倒れる寸前だったヒカリの身体は、フウタの腕に支えられて不安定ながらも、留まっていた。
「──?」
今…、一体、何が起こったんだろう。
ヒカリは困惑していた。
私は倒れる寸前だったはずだ。地面に倒れ込むのも、時間の問題だった。 それなのに、フウタさんが、倒れる直前に、私の身体を支えたっていうの? そんなことある? 反射神経が良いなんて問題じゃない。だって、気づいてから、手を伸ばしても間に合わないもの。
もしかして──、予知能力を持ってるとか──?
ヒカリは、核心に迫った気がしていた──。
一方、少し時間を遡ったフウタ──。
さっきから、ヒカリに見つめられている気がする。それも、随分と難しい顔で見られているような…。
なんだか、居心地が悪い。
気のせいかもしれないけど、ヒカリから過剰な期待をかけられている気がする。
確かに、森では迷わない。実際、目印がなくても、感覚で道は分かるからだ。でも、それは、ちょっと人より鋭いってだけで、大した理由でもない。タイミング良く、煙突の煙を見つけたから、それっぽい理由を言ったんだけど。
明らかに、怪しんでたなぁ、あれ。
挙句、ずっと、俺の様子を注視していたヒカリは、足元が完全にお留守になっており、案の定、盛大に蹴躓いた。
俺はというと、ヒカリからの視線をずっと感じていたわけで、「前をちゃんと見ろ」と横から念を送りがてら、様子を窺っていたのだ。そのお陰で、ヒカリの異変にも素早く対応できたにすぎない。
でも、ヒカリは、なんか、確信めいた顔をしているんだよなぁ。俺にすごい能力がある!とか勘違いしてる顔だよ、これは。変に期待を持たせちゃったなら、申し訳ない。
フウタは、ヒカリにこれ以上期待を持たせないように、今のうちに誤解を解いておこうと思い立った。
「あ、あのさ、ヒカリ──、」
「フウタさん! あの建物なの? 孤児院って──。 …って、ごめんなさい、何か言った ?」
なんとも絶妙なタイミングで、ヒカリが孤児院の建物を指差しながら口を開いた。
「あ、いや──。…そう、あれが、俺が育った孤児院、『アルボス アミークス』だよ。やっと、到着だな!」
フウタは、一瞬の間の後に、何事もなかったように笑顔で応える。
まぁ、後でちゃんと説明すればいっか──と思いながら。
目的の地、孤児院 アルボス アミークスは、木々が生い茂る森の中、しかし、そこだけ奇跡的に拓けたような平地にあった。敷地の周りは、不揃いの岩を何層にも重ねたような、素朴な高い石壁に囲まれていた。所々から、シダ植物が顔を出し、苔むしてもいるので、全体的に緑がかって見える。石壁の一部、ちょうど石壁の真ん中にあたる部分は、アーチ状に形取られ、そこから、敷地に出入りできるようになっていた。
そのアーチの入口に近づいていくと、賑やかな声が聞こえてくる。
はっきりとは聞こえないが、数人の子供たちの声と、それを諌めるような女性の声だ──。
「──もう、いい加減に…──」
「だって、──…姉、こいつが──」
「─違うよっ。ぐすっ。僕は…───」
声が聞こえる方から察するに、畑か──?
フウタは、アーチをくぐり抜けると、左の方向を覗いつつ、立ち止まった。ヒカリも同じように立ち止まると、フウタが見ている方向に目をやる。
左側の奥、ちょうど角地に当たる場所には、野菜やハーブを育てている畑があるようだ。その場所で、数人の子供たちが向かい合う形で立ち合い、言い争っている。そして、その子供たちの間に入って、場を収めようとする女性の後姿も見える。
「何かあったのかしらね?」
そう言いながら、ヒカリはフウタの顔を見上げたが、フウタが悪そうな顔でニヤついていたので、思わず、眉根を寄せてしまった。
「何…、その顔──。」
「──え? あ、いや──、なんか懐かしいなぁと思ってさ。」
フウタは、慌てて、表情を隠すように、手のひらを顔に押し当てた。とはいえ、子供たちの諍いの原因には心あたりがあり、なおかつ、幼かった頃の記憶も甦ってくるので、どうしても顔はニヤけてしまう。
その様子を、遠くから微笑ましく眺めつつ、横目に一歩踏み出したフウタだったが、その腕は、がっつりとヒカリに掴まれていた。
(まさか、このまま、放置するつもりじゃないわよね──?)
と、半眼が訴えている。
やっぱり、そのまま素通りはダメか…。
フウタは、仕方なく、ニヤけた顔を整えると、畑へと向かってヒカリと歩き出した。
畑へ近づくにつれ、先程よりも、子供たちの様子がはっきりと分かってくる。
向かい合う子供たちの前には、ごろごろとした紫紺の実が積まれた山が二つ。
片方の山の方が僅かに高い。
その高い方の山を指差して、少し背の高い、リーダー格の緋色の髪の少年が、目の前に立つ、大人しめの山吹色の髪の少年に対して、声を荒げていた。
「──正直に言えよ! ユベール。おまえ、絶対にズルしただろっ。」
「してないよ──。ぐすっ。僕は、何にもしてないっ」
ユベールと呼ばれた山吹色の髪の少年は、泣きじゃくりながらも、はっきりと否定する。
「じゃぁ、なんで──」
「カヂクの実か──。懐かしいなぁ。」
尚も追求しようとする緋色の髪の少年の言葉を遮るように、フウタは呑気な声で言った。
「──っ!」
その声に、子供たちは時を止め、一斉にこちらを見る。
そして、子供たちの仲裁をしていた女性も、その声に気づき、振り返った。
「──あ、あら〜、フウタじゃないの〜。珍しいわね、こんな時期に来るなんて…って!」
杏色の柔らかそうな髪を靡かせながら、のんびりと話していた女性だったが、フウタの隣に立つ、ヒカリの存在に気づいた瞬間、目の色をキラキラと輝かせながら、嬉々として、フウタに問いかける。
「あら、あららら〜。もしかして、もしかして、彼──」
「──あ。こちらは、依頼人のヒカリな。ミク姉──、期待させちゃって悪いけど、ただの、仕事の、依頼人だから! 」
「ええええええっ。何それ、つまらない〜」
ヒカリをここに連れてくる時点で、こんな勘違い…──いや、これをネタに遊ばれることは、予想していたからな。
ここは、早々に、ミク姉の妄想をぶった切った方がいいんだ。
「──もう、お楽しみはこれからだっていうのに〜。 ほんと、からかい甲斐のない子ねぇ〜」
ミクスは、早々に楽しみを奪われて、つまらなそうに肩をすくめる。
まるで、さぁ、これから楽しもうと思っていた新しいおもちゃを、目の前で取り上げられた子供みたいだ。
「──ったく、そんなことより、なんか揉めてるんじゃないのか?」
「えっ──。あ、そうね。まぁ、いつものことなんだけど〜。フウタなら、察しがついているでしょ〜。」
ミクスは、現状を思い出したが、焦る様子もなく、のんびりとフウタに問いかける。
「まぁな──。」
フウタは、ちらっと、子供たち、そして、カヂクの実の山を見ながら答える。
「──カヂクの実の収穫を手伝いながら、どっちがより多く獲れるかを競ってたってことだろ。それで、勝った方は…、相手のおやつを頂戴できるってわけだ。──だろ?」
「──そうだよ。勝負は俺たちの勝ちだった。そのはずだったのに──、最後の最後、集計って時になって、あいつらの実の数が増えたんだ。ユベールが何かやったに決まってるんだよっ。」
「──もう、ザイルったら、いい加減にしなさいよ〜。私も見てたけど、別に変なことはなかったわよ〜。ユベールだって、何もしてないって言ってるじゃないの〜」
「そんなことない──。俺は確かに──間違いない数を…。」
ザイルと呼ばれた緋色の髪の少年は、悔しそうに唇を噛み締めている。
(はは〜ん。なるほど──。なんか、読めてきたぞ。)
フウタは、ザイルの前にあるカヂクの実の山に近づくと、膝をつきながら、その一つを手に取った。そして、言う。
「──カヂクの実ってさぁ、紫紺の皮の中、生の時は、乳白色なのに、茹でると、きれいな黄金色になるよなぁ。知ってるか、ザイル。」
「知ってるよ──。ていうか、馴れ馴れしく、名前で呼ぶな。」
「別にいいじゃないかよ。一応、俺、お前の先輩だしさ──。」
「うっざ──。」
「まぁ、そんな顔するなって──。良いこと教えてやるからよ。──カヂクの実ってさ、収穫したばかりの時も、実は黄金色なんだよ。時間が経つと、少しずつ乳白色に変化していくんだ。それも知ってるよな? つまり、ここにある実は、収穫したばかりなんだから、まだまだ、黄金色だってわけだよ。試しに、これを半分に割って──」
そう言いながら、フウタは、手に持ったカヂクの実を近くの岩で叩き割ろうと、腕を振り上げた──。
「──っ! やめろよっ── 実が…、実が勿体無いだろっ。」
──慌てたように、ザイルが止める。
「え── ? ああ、でも、この実を割ったら、きれいな黄金色が──」
「そんなの見なくていいよっ。──なんだよ、お前。余計なことをしやがって──。」
「──うん? 余計なことって?」
「な、なんでもないよ。──とにかく、実を割るのはダメだからなっ。」
ザイルの必死な抵抗に、フウタは、「やっぱりなぁ。」と予感を確信に変えていく。思わず、口元が緩みそうになるが、ここは、心底困ったような素振りを見せつつ、問う。
「──うーん。…じゃ、今日の勝負は、引き分けってことでいいか? お前が納得するなら、俺もこれで終いにするぞ。」
「──っ、わかったよ。──ユベール、今日の勝負は引き分けな! 」
ザイルは、一方的にそう告げると、周りの取り巻きの少年たちに、
──行こうぜ! と一声かけ、畑を離れていった。
「えっと…──?」
残されたユベールは、呆気に取られたようだ。さっきまで、あんなに詰め寄られてたのは、何だったの?という顔をしている。
「あー、ユベール。今日は、お前たちの勝ちだったのに、引き分けにしちゃって悪かったな。」
フウタは、そう、すまなそうに言うと、ユベールの頭を優しくポンポンと叩いた。
「──ううん。もう、いいんだ。」
ユベールは、服の袖でゴシゴシと目元を乱暴に拭くと、はにかみながら言う。
「──あのままだったら、僕はザイルの勢いに押されて、負けていたかもしれないから。そしたら、おやつも食べられなかったかもしれないでしょ。だから──、」
──助けてくれてありがとう、おにいちゃん。
ユベールはニコッと微笑むと、子供たちの輪の中に戻っていった。
「うふふ。とりあえず、一件落着で良かったわ〜。──それじゃぁ、みんな〜、いつものように、食堂までカヂクの実を運んでね。 悪いけど、ザイルたちの分もお願い〜」
ミクスは、残った子供たちに指示を出すと、カヂクの実の山の前にしゃがみこむ。慣れた手つきで、小さなカゴの中にその実を振り分けていく。
子供たちも一人ずつカゴを受け取ると、列をなして、仲良く建物の方へと歩いていった。ここにはいつもの日常があった。
この景色は、あの頃と変わらないんだな──とフウタは思う。
「──それで〜? 結局、どういうことだったの〜?」
ミクスは子供たちを見送ると、ゆっくりと立ち上がり、腰に巻いたエプロンをパンっと叩きながら、フウタに尋ねた。
「私も、聞きたいわ──」
ヒカリも待ってましたと言わんばかりの勢いで続く。
「いや、だからさ──。この勝負は、最後に多くの実を持ってる方が勝ちなんだよ。ザイルはさ、終了間際、相手の数を確認して、負けそうな時は、隠し持っていたカヂクの実を持ってきてたわけ。きっと、余裕がある時に、溜め込んでたんだろうなぁ。一方で、ユベールたちも不思議に思ってたんだろう。──最後の最後でいっつも逆転されるってさ。それで、今回は、わざと少ない数を置いて、最後の最後で残りを一気に持っていくって作戦に出たんだと思う。ザイルにしてみれば、わざわざ隠していたカヂクの実を持ってくるっていう、ズルまでして負けたわけだから。納得いかなかったんだろうよ。」
──自分がズルしていると、相手もしているに違いないって、疑心暗鬼になるもんだからな。。
しつこくユベールを問い詰めてしまったせいで、逆にズルしてることをアピールするような格好になってしまったわけだ。
「──そういえば、カヂクの実って、収穫直後は、黄金色だったんですね! 私、知らなかったです。」
ヒカリは、カゴからこぼれ落ちたカヂクの実を拾いながら、嬉しそうに、ミクスに話しかけた。
「………。」
ミクスは困ったように、首を傾げながら、微笑んでいる。
フウタはというと──、
「───。」
なんだか、在らぬ方を向いて、素知らぬ顔をしている。
「───?」
えっと、もしかして…?
ヒカリがフウタを問い詰めようとしたその時、ミクスが口を開いた。
「──あ〜、そういえば、フウタ。あなた、やけに、ザイルの手口に詳しかったわね〜。もしかして〜、あのやり方、あなたも──。」
「ああああっと。忘れてたわ。俺たち、マザーに会いにきたんだった。マザーいるよな? いつもの部屋だろ? 余計な時間取っちゃったからな、さっさと行かないと!」
フウタは、無駄に大きな独り言をいうと、建物に向かって歩き始める。
──逃げたな。
ヒカリとミクスはお互いに見つめ合いながら、頷いた。ミクスは、やれやれと、大袈裟なジェスチャーをすると、ヒカリに、(ほら、行きなさい〜)と手をヒラヒラさせながら合図する。
ヒカリは、ペコリと頭を下げると、フウタを追いかけるために、走り出した。
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