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【小説】アルカナの守り人(17) ヒカリ
コッ コッ コッ コッ コッ コッ コッ コッ
秒針の音がやけにはっきり聞こえる。
時計の内部で音が共鳴しているのだろうか。
フウタはそんなことを考えながら、年季の入った木製の壁掛け時計を見上げた。
「少し、休憩にしましょう。…お茶入れてくるわね。」
ヒカリはそう言うと、そっと部屋を出て行った。
フウタは、思いっきり腕を伸ばすと、大きく伸びをする。
あれから何時間が経ったのか。あんなに意気込んで、かっこよく宣言したものの、ヨウの力を取り戻すために、一体どこから、何をするべきなのか、全く考えが浮かんでこなかった。というか、フウタが考えつきそうなことは、すでに、ヒカリがやり尽くしていたのだ。
はぁ。どう考えても、ヒントが少なすぎるんだよなぁ。
スペス リベルタティス ラティティア 自由と希望が喜びをもたらす…。
少なくとも、自由だけでもダメ。希望だけでもダメ。
どちらも必要だってことは確かだ。で、最終的には、喜びが必要ってことだよな。でも、喜び? 喜びとヨウの奇病にどんな関係があるんだ??
喜びが奇病を癒すのか? うーん。わからん。
その時、ヒカリがトレイを抱えながら部屋に戻ってきた。時代を感じさせるハンドペイントのティーポットからはゆらゆらと湯気が立ちのぼっている。
お揃いのソーサーをサイドテーブルの上に並べ、ティーカップを置く。そこに優しく紅茶を注ぐと、上品な香りが辺りに広がる。
ヒカリは最後に、小ぶりのクッキーをカップの傍に添えると、フウタにどうぞと差し出した。
フウタとヒカリは揃って紅茶に口をつける。そして、しばしの沈黙。
頭の中が飽和状態のようで思考が停止している。鼻から抜ける香りだけが、自分たちを現実に留め、感覚をここへと呼び戻す。
「そういえば…。」
唐突に、ヒカリが口を開く。
「どうした? 何か閃いたか?」
「あ、いえ…。ごめんなさい、全く関係のない話なんだけど…」
「うん?」
フウタは、紅茶を啜りつつ、ヒカリに話を促す。
「えっと…、フウタさんは、古い言葉をよく知ってるな…と思って。探偵事務所の名前もあれ、古代の言葉よね。」
「ああ、そうだな。確かに『Liber』は、大分、古い言葉だな。」
「その…、私たち、アルカナの能力者は、古代の文字をずっと学んできているの。文字が読めないと、能力も理解できないし、あの古本も読むことができないから。」
「まぁ、そうだろうなぁ。」
フウタはソーサーに添えてある小ぶりのクッキーを指で摘むと、口の中に放り込む。
「それで、その…、フウタさんは、なんで古代の文字なんて勉強したのかなって思って。普通の人には、縁のない言葉よね?」
「ああ…。そんなことか。」
フウタは、指についたクッキーの屑を軽く払いながら、答える。
「うーん。なんて言えばいいのかなぁ。俺は、孤児院育ちなんだけどさ…、俺の育ての親って人が、昔の世界についてよく話してくれたんだよ。昔の地球についてっていうのかなぁ。地上から見えた太陽とか、星とか月とか。夜空がどんなに美しいか、森のざわめきや川のせせらぎ、雨上がりの草木の匂い、荒れ狂う海の恐ろしさ…。色々な話をしてくれたんだ。で、その流れで古代の言葉も教えてくれたんじゃなかったかな…。」
フウタはヒカリにそう答えながら、意識を過去へと飛ばしていた。
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