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【小説】アルカナの守り人(29) マザー
「──おや、やっときたのかい? 随分と、顔を出すのが遅かったじゃないかい?」
部屋の中ほどまで進んだとき、そんな声が聞こえて、フウタは、苦笑する。
「──なんだよ、俺が来てるって、気づいてたのかよ」
声がした方向に目をやると、大きな窓を背景に、のんびりとカウチでくつろぐ女性がいる。柔らかそうな辛子色の髪を無造作に一つに編み込み、着心地の良さそうな、ゆるりとしたワンピースに身を包んでいる女性──、いつものように、暖かな笑みを浮かべているマザーがそこにいた。
「いや、何──、さっき、ここにザイルが来てねぇ。」
「──ザイル?」
ああ─、さっきのカヂクの実の子か─。フウタは、燃えるような緋色の髪の少年を思い出していた。
「──それはそれは、怒り狂った様子で、『すごく変な奴が来た! ムカつく! すごく嫌な奴! マザー、追い返してよ!』って、大騒ぎしていったんだよ。」
「へぇ──。」
──それはまた、ひどい言われようですなぁ。
「それで──、おまえが来ているんだろうなって思ってね。」
「うん──? いやちょっと、待ってよ。なんで、それで、俺だって思うわけ?」
「いや、だって。ここの子たちをあんなに怒らせるほどのことをやる人間なんて──、限られているだろ?」
マザーは、ニヤリと笑うと、目を細めた。
──あ、あれ? これって、ちょっと怒られているのか? やりすぎたか?
「ふふふ──。怒ってなんかいないよ。ここの子たちに、他人行儀じゃなく、正面切ってぶつかっていくなんて──、家族しかできないだろ?」
「ああ──、そうだな。」
どんなに月日が経とうと、ここにいる奴らは、俺の家族だからな。ついつい、大人気ないこともやってしまうわけだ──なんて、言い訳めいたことを考える。
「とにかく、さっきの詳しい顛末は、後でミクスにでも聞くとして──。」
マザーは、そう言って、一旦、言葉を切ると、視線をゆっくりとヒカリへ向け、満面の笑みを浮かべる。
「──うふふ。かわいいお嬢さんだね。 いやぁ、嬉しいねぇ! ついに、フウタが女の子を連れて、ここに帰ってくるなんて! 早速、紹介してもらおうか。──いつから、お付き合いしてるんだい? 本当にこの子は、全然、女っ気がないというか、女の子を連れてくるなんてことがなくてね。わざわざ、会いにきてくれるなんて、もう結──」
「 お仕事の依頼人ですってよ~、マザー。」
マザーの興奮した楽しそうな声音に、それはそれは、残念そうな声音が重なる。振り向くと、そこには、心底、がっかりという顔をしたミクスがいた。
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